居候プラス
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──居候プラス
「……なあ、お前も悪魔なら食事は特に必要ないんじゃないのか?」
俺は注文したステーキをお替りしてがつがつと食べるマルキダエルに尋ねる。
俺とサタナエルもステーキを注文したが、サタナエルが遠慮がちに食べていたのとは真逆にマルキダエルは遠慮も何もなしにがっついている。
「ふん。悪魔とは欲深いものなんだよ、人間」
「そうかい。奢ってもらうならば名前は憶えろ。俺は佐世保朔太郎だ」
がぶりと分厚いステーキを口に運ぶマルキダエルを見て俺はそう言う。
「で、お前は何をしにここに来たんだ?」
「決まっているだろう。貴様を屈服させるために来たんだ」
「屈服? リターンマッチしろってことか? 勘弁してくれ」
「安心しろ。もう貴様を殺すつもりはない、佐世保。貴様のことが気に入った。だから、俺の所有物となるように調教してやろう」
「……は?」
10歳くらいの少女が俺を屈服させるだの、調教するだの言いだして流石の俺も唖然とするしかなかった。
いや。中身があの狂暴なドラゴンであり、悪魔であることは知っているのだが、この見た目ではいささか……。
「ダメですよ」
そんなマルキダエルにサタナエルが紙ナプキンで、マルキダエルの頬に付いたステーキソースを拭ってやりながらそう言う。
「旦那様はボクのものです。旦那様ももうボク以外の悪魔やドラゴンはいらないと仰っていますから」
「何だと!」
サタナエルが少しばかり嗜虐的な笑みを浮かべてマルキダエルにそう言うとマルキダエルが目を見開いて俺の方を見る。
「何故だ!」
「何故って。俺はそもそもドラゴンに関わり合いたくないからだ。お前は自分がどれだけ物騒な生き物なのか自覚がないのか?」
「だが、サタナエルは番として認めているのだろう!?」
「番いうな。サタナエルは押しかけてきたから、その、やむなしだ」
サタナエルは状況的に仕方なく受け入れたものの、ここにきてもう1匹ドラゴンをプラスというのはごめんである。
「では、俺も押しかける! 強引さは俺の方が上だぞ!」
「やめろ。押しかけても養わんぞ。家にも上げん」
「ぐぬぬぬぬ……」
俺が断固として拒絶する意思を示すのにマルキダエルは手に握ったフォークでステーキをぐさぐさしながら唸る。
「分かった!」
「そうか。分かってくれたか」
「この姿が気に入らないのだろう! これならばどうだ!」
そういうとマルキダエルは突然黒い翼を出現させて、それで体を覆う。
次の瞬間、現れたのは──。
「はははっ! これなら俺の方がサタナエルより魅力的だろう?」
現れたのは20歳ほどの美女だった。
マルキダエルと同じ黒髪に褐色の肌だが、爆乳だ。とてもデカい。
「いや、お、お前……!?」
しかし、そんなマルキダエルの姿に見とれている暇はない。
ここはレストランの中で他の客もぎょっとした視線で俺たちを見ているのだ。
中にはARデバイスで記録しようとしている人間もいる。
「で、出るぞ!」
俺はマルキダエルの手をがっと掴むと引っ張り、素早く会計を済ませてレストランの外に出た。
そして食堂街からとりあえず離れるとマルキダエルの方を向き直る。
「ここでお別れだ。ダンジョンに戻るなり何なりしろ。俺は面倒はみない」
「やだ! 貴様と番になるって決めたんだ!」
「うるさい。俺は婚活しにダンジョンに潜ってるわけじゃねーんだ」
「やだーっ! やっだーっ!」
先ほどと違って大人の、それも途方もない美人の姿になっているマルキダエルが大声で駄々を捏ねる。
信じられないほどみっともない。
「大声で騒ぐのはやめろ。騒ごうがどうしようがダメなものはダメだ」
「うう~っ!」
俺が突き放すのに涙目で唸るマルキダエル。
うるうるとした涙目でこちらを懇願するようにじっと見てくる。
俺はその視線を振り払うように背を向けたが、頭の中に不安がよぎる。
もし、俺に拒絶されたことでマルキダエルが怒り狂ってここでドラゴンの姿になり、炎を吐いて暴れ出したりしたらどうしようかと……。
そのときは俺も責任を問われるのか? 冗談じゃないぞ……。
俺はマルキダエルの方を振り返り、ため息を吐く。
「衣食住の面倒はみないぞ。だが、家賃を払うなら家にいてもいい」
「それは番になるってことか!?」
「ならない。一緒にいてやるだけだ」
マルキダエルがぱあっと表情を明るくするのに俺は首をしっかりと横に振る。
「分かった。今はそれでいい。いずれ、貴様の方から俺に屈服するだろう!」
「はいはい。家賃は自分で稼いでちゃんと払えよ」
というわけで、俺はマルキダエルを連れて自宅に向かったのだった。
「旦那様はお優しいですね」
「仕方ないだろう。あのまま放置してれば大惨事になったかもしれない」
「ふふ。そう言われてもお優しいことは変わりませんよ」
サタナエルがそんな俺を見て言うのに俺は渋い顔。
「でもです。浮気は決してだめですよ?」
背筋がぞっとするような冷たい笑みでサタナエルはそう言ったのだった。
「……はあ、分かってるさ」
サタナエルを今になって突き放せば、同じように大惨事確定だ。
俺は厄介な爆弾をふたつ抱えたまま、このダンジョンでの生活を続けることになったのだった。
* * * *
それから俺たちは自宅に戻った。
「狭い! 鶏小屋か!」
「文句言うな」
俺の部屋を見るなりマルキダエルが眉を歪めて叫び、俺はそれに突っ込む。
「しかし、確かに3人で暮らすとなるとこの家はちょっと狭いな」
「そうですね。もっと旦那様に相応しい家に移るべきかもしれません」
「そうはいっても金がな……」
今の俺の稼ぎではこの元兵舎から引っ越すようなことはできない。
ダンジョンにはここよりも広くて立派な家はあるが、そういう家はそれなりの稼ぎをしている人間以外は暮らせないのだ。
「このベッドは俺のだ!」
「図々しい居候だな……」
サタナエルは遠慮したというのにマルキダエルは堂々とベッドを占領した。
「マルキダエル。繰り返すが家賃は払えよ」
「金は持ってない! 一銭も持ってない!」
「なら、稼げ」
「どうやって!?」
「探索者をやれ。お前がここで稼ぐにはそれしかない」
こいつに店番をやらせたりするのは無理だろう。
だが、ドラゴンで悪魔で死なないというならば遠慮なくダンジョンで稼いでくることはできるだろう。
「ふむふむ。それなら簡単だな! 財力も力のひとつ! つまり俺が大金持ちになったら貴様は屈服するというわけか!」
「しない。だが、家賃は払ってもらう。それだけだ」
「むう~っ!」
マルキダエルは不満そうだが今日の俺はもう疲れた。
「俺は寝る。静かにしてろよ」
そう言って俺はソファーに身を預けて目を閉じた。
そこでピコンとARデバイスにメッセージが着信した音が聞こえたが、俺はそれを無視して眠りに落ちた。
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