黒い鱗の脅威
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──黒い鱗の脅威
突然20階層に現れた黒い鱗のドラゴン。
「死ね、人間」
黒い鱗のドラゴンがそう言うと火炎放射が俺の方に向けて放たれる。
運悪く通りにいた人間を巻き込んで放たれた炎は俺に向けて突き進み、俺は瞬時にサタナエルの手を掴むと近くにあった建物の中に飛び込んだ。
食堂だっただろう建物の中には数名の人間がおり、怯えた様子で机の下やカウンターの後ろに隠れていた。
「クソッタレめ。お前の知り合いじゃないならどうして俺のことを知っている?」
「噂を聞いたのでしょう。ボクは地獄ではそれなりに有名人でしたので」
「パパラッチにスクープされたか? 笑えないな」
俺は建物の扉からまだ炎で燃え上がっている大通りの方に僅かに顔を出す。
黒い鱗のドラゴンは俺の方に向けてずんずんと進んで来ている。
「このままここにいるわけにはいかなそうだな……」
この建物の中に火炎放射されたら全員あの世行きだ。
「おい、そこの!」
俺は食堂にいた店員らしきエプロン姿の女に声をかける。
「は、はい!」
「2階にはここから行けるか!?」
「そ、そこの階段から!」
「分かった! お前たちは裏口から逃げた方がいいぞ!」
俺は示された階段を駆け上がって行き、2階に出る。
2階には外から見た通り、ベランダがあり隣の建物に続いていた。
俺は窓から飛び出すとベランダを伝って隣の建物に走る。
「そこか、人間! 逃げても無駄だ!」
黒い鱗のドラゴンは俺に気づき、長い首をもたげて俺の方に顔を向けると口に火炎を渦巻かせる。
そして、放射。建物に向けて炎が火炎放射器よりも強力に伸び、俺の方に迫る。
「強化脳、起動。そして四肢の稼働率150%だ……!」
俺は火炎放射がゆっくりとこちらに迫る中で、ベランダの床が壊れんばかりに蹴り、次のベランダに飛び移る。
火炎放射は放たれたが、俺を掠めることもない。
ただ黒い鱗のドラゴンは俺の進行方向に向かって火炎放射を追尾させてきやがる。
「逃げても無駄だと言っただろう? 愚か者め!」
ドラゴンはサタナエルより攻撃的だ。
民間の施設を焼き払うことをいとわず、強力な火炎放射を繰り返す。
炎が俺の迫るのに俺は全力で駆け抜ける。あの炎をまともに浴びたら生き残れない。
しかし、こうして俺が逃げ回っていても被害が拡大するだけだ。
適当なところで勝負に挑まなければ……!
「逃げ回るだけか? サタナエルを倒したというのは怪しいものだな!」
ドラゴンがそう俺を挑発する。
しかし、そんな挑発に乗るほど俺は若造じゃない。
勝負を仕掛けるタイミングは俺が選ぶ。
俺はベランダから建物の屋上に飛び上がる。ベランダはその衝撃で破壊され、その直後にドラゴンの炎によって燃え上がる。
やつのいる大通りからは俺の到達した高い屋上は死角になっているので火炎放射では攻撃できない。
「逃げるつもりか、人間!」
ドラゴンは翼を羽ばたかせ、屋上の方に上ってきた。
だが、ここまでは狙い通り。
「そらよっと!」
俺は飛び上がってきたドラゴンの顔面に向けてスタングレネードを投擲。
爆発時間を調整したそれがドラゴンの顔面で爆ぜて、強烈な閃光と音を発する。
「くだらぬ小細工を……!」
ドラゴンは唸りながら炎を再び口の中に渦巻かせて火炎放射の姿勢に入った。
だが、狙っているのは俺はいる場所ではない。やつは俺を捕捉できていない。
「まさか人生で2度もソロでドラゴンに挑むとは思って見なかったな!」
俺は放たれた炎を避けて黒い鱗のドラゴンに肉薄。
その首に超高周波振動ナイフの刃を突き立てる。
「ああああ────ッ!」
ドラゴンが悲鳴を上げた。
周囲のガラスががたがたと振動するような現実の音としての悲鳴だ。
「おのれ、おのれ、おのれぇ──! 食い殺してくれる!」
しかし、ドラゴンは俺を振り払い、突き飛ばす。
俺は突き飛ばされて建物の屋上から地上に向けて落下するが、何とか姿勢を立て直して着地。
「死ね、人間っ!」
ドラゴンは屋上から俺の方に飛び降りてくる。
あの重量で踏みつぶされれば流石の俺でも不味い。
俺はごろりと横に身を回転させ、その直後にドラゴンが道路を粉砕するよう重々しく着地した。
「しぶといな、このクソトカゲが!」
俺は立ち上がってドラゴンに対峙。
ドラゴンは首から出血を続けているものの、致命傷ではない。
俺はそのドラゴンに再び肉薄してナイフによる攻撃を仕掛ける。
「貴様こそな、人間! いい加減に死ね!」
ドラゴンが発動まで時間のかかる火炎放射ではなく、腕を振り上げて鋭い爪で攻撃を仕掛けてきた。
俺はその腕を機械化した体の出力を160%まで引き上げて迎撃。
「受け止めただと……!?」
「ははっ。お前もサタナエルと同じようなものなんだな。人間を舐め腐りやがって!」
俺はそのままドラゴンの腕を弾くと、その頭にナイフの長い刃を突き立てた。
ドラゴンの頭蓋はそれによって貫かれ、ドラゴンは痙攣しながら地面に倒れる。
「はあはあはあ……。流石に……やっただろう……?」
息が上がる。全身から汗が滴る。
今回はサタナエルのときよりも苦戦した。
これで起き上がられたら、俺は流石に死ぬだろう。
「……貴様……」
しかし、ここでドラゴンの声が微かに頭の中に響いた。
俺は疲労困憊の身体に力を込めて、俺はナイフを握り、ドラゴンの方に向ける。
「……強い、な……」
そう言ったのを最後にドラゴンは本当に動かなくなった。
「ふうっ。ビビらせやがって……」
俺は安堵の息を吐き、ドラゴンから距離を取った。
「あんた!」
そこで声をかけてきたのは20階層に暮らす住民だ。
「助かったよ! あんたのおかげで!」
「本当に死ぬかと思った……。だけど、あなたのおかげで助かりました!」
「やった! ありがとう、お兄さん! 本当にありがとう!」
「ドラゴンをソロで倒すなんて……! 凄い探索者だ!」
「信じられない! ドラゴンがひとりの探索者に……!」
中年の男から若い女性まで、俺に向けて賞賛の声を浴びせる。
「よしてくれ。俺は降りかかった火の粉を払っただけだ……」
俺はそう言い、賞賛の声をに背を向けてサタナエルの方に向かう。
「ふふ。素晴らしい結果でしたね、旦那様」
「はいはい。ありがとな。さて、ブラックマーケットに戻るぞ。シミズの顔写真と生体情報をまだ確保していない」
「分かりました」
俺たちはそれからブラックマーケットに戻り、死んだシミズの顔写真と生体情報を採取する。
これで賞金は俺たちのものだ。
「では、引き上げだ。あとは賞金をもらって、装備を整えてさらに潜る準備をしよう」
俺とサタナエルはドラゴンがもたらした被害に対する消防活動が続く20階層を出て、地上に向けて戻り始めた。
まさかこの戦いが俺の人生をさらに狂わせるとは思ってもみなかった。




