情報屋
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──情報屋
俺たちがダンジョンを出たときには、時間は夕方になっていた。
何のトラブルもなく10階層に向かうならば2、3時間程度だろうが、今回はミノタウロスやら何やらでトラブった。
「旦那様。これからの予定は?」
「情報屋に会う。ダンジョンに起きていることについて、かなり詳しく把握しているやつだ。そいつから今のダンジョンで何が起きているのかを聞く」
俺は今回のダンジョン探索で起きた不可解な事件について把握するために、まずは情報屋から情報を入手することにした。
その情報屋はダンジョンの風俗街と食堂街のそばにある飲み屋街にいる。
飲み屋街は正直、治安がいい場所ではない。
酔って暴れる人間や酔った人間を狙った強盗など、ここは犯罪多発地域だ。
しかしながら、いきなり刺されたり、撃たれたりすることはそうそうなく、俺とサタナエルは飲み屋街を目的の店に向けて進む。
そんな飲み屋街にいる客引きや通行人たちはサタナエルの方を見てくる。
やはりこれだけの美人となると目立つのだろう。
男も女も憧れや嫉妬、情欲の混じった視線をサタナエルの方に向けていた。
「ふふ」
そんな視線に気づいたのか、サタナエルは小さく笑うと俺の方に身を寄せてきた。
甘い香りが俺の鼻腔をくすぐり、サタナエルの温かさが伝わってくる。
「おい。あまり身を寄せるな。歩きづらい」
「嫌です。ボクはこうしていたいです」
「はあ」
傍から見ればいちゃついているカップルに見えるのだろうが、俺にとっては未だにこいつはいつ爆発するか分からない核爆弾であり、厄介なストーカーだ。
「着いたぞ。ここだ」
俺は半地下のバーの前に立った。
薄汚れて判読できない看板が掛けられたここに情報屋はいる。
俺はサタナエルを連れて階段を降りて、バーの中に入った。
「斎藤」
テーブル席でウィスキーらしき琥珀色の酒を飲んでいる男に俺は声を掛ける。
落ちぶれたサラリーマンみたいなよれよれのスーツと軍用のジャケットを羽織った中年の男が情報屋の斎藤だ。
「おっと。佐世保か。そっちの別嬪さんはどこから攫ってきたんだ?」
「こいつは俺のストーカーだよ」
にやりと斎藤が笑って尋ねるのに俺はため息交じりにそう返した。
「初めまして。ボクは旦那様のお嫁さんです」
にこにこと微笑んでサタナエルは斎藤にそう言う。
「ほうほう。こいつは面白い情報が手に入ったな。あの『切り裂き魔』に嫁ができたとは。ゴシップ好きの連中には高く売れそうだ」
「勘弁してくれ」
斎藤がけらけらとからかうように笑うのに俺はじろりとやつを睨んだ。
「『切り裂き魔』とは?」
そこで不思議そうにサタナエルが尋ねてきた。
「こいつの異名だよ。こいつほどナイフで人間を殺すのが得意なやつもいないからな」
切り裂き魔──。
気に入らないが俺の異名になっているものだ。
俺は誰彼かれ構わず斬り殺しているわけではないのだが、ナイフを得物とする戦いからからこういう悪名ともいえるものがついてしまった。
「まあ、素敵です、旦那様」
しかし、サタナエルの方はなぜか嬉しそうにしている。
「……お前の嫁、変わってるな」
「確かにな。それから俺はこいつを嫁と認めたわけじゃないから。デマを流すなよ」
斎藤が声を潜めていうのに俺はそう返した。
「本題に入っていいか?」
「ああ。どんな情報をお求めだ?」
「ダンジョン内の情報が1階層から10階層で悪さしている連中がいないか?」
「悪さ、ねえ」
氷の入ったウィスキーのグラスを揺らして斎藤は考え込むように呟く。
「悪さの種類によるが、どういうのを探しているんだ?」
「今日はあった話だが──」
俺は今日ミノタウロスが5階層に現れたことや、8階層で人食いネズミの大群に襲われていた背後から人間に狙われたことなどを斎藤に話した。
「なるほど。それなら情報がある」
「で、いくらだ?」
「今日は面白いゴシップを聞かせてもらったからな。まけてやるよ。5万でどうだ?」
「分かった」
俺は財布から5万円を取り出して、斎藤に渡す。
斎藤の扱う情報の中には非合法なものもあるので、足がつきやすい電子決済には対応していない。
「毎度あり。そのクリーチャーをけしかけて探索者を襲うって連中は最近ダンジョンに潜り始めた犯罪組織の連中だ。名前は『トレイン』っていうらしい」
「手口は?」
「まだ分からないこともあるが、お前が遭遇したようにクリーチャーをけしかけて披露したところを背後からズドンッ! ってやり口だ。もうかなりの探索者がそれでやられたって話だぜ」
「そいつらに懸賞金は?」
「出てる。被害を受けたメガコーポがトレインのボスに懸賞金をかけた。確か450万だったか。それぐらいだ。犯行が続いているなら値上がりしているかもしれないぞ」
「ほう」
ダンジョンは無法地帯とは言えど犯罪を続けて許されるほど甘くはない。
メガコーポや犯罪組織は自分たちの利益を害する連中に私的制裁を行う。
今回の件もメガコーポに被害が出たならば、連中がトレインとやらに懸賞金を掛けるのは当然と言えた。
そうやってこのダンジョンとその周りの街は回っているのだ。
「相変わらずクリーチャーを殺すより人間を殺す方が好きか?」
そこで嫌らしい笑みを浮かべて斎藤が俺に尋ねる。
「俺みたいなソロだとどうしてもクリーチャー相手には限界があるからな」
「否定はしないのか」
「しない。俺は戦場帰りだ。人を殺すことに関しては他の連中より抵抗はない」
クリーチャーの中には俺の持っているショットガンでも超高周波振動ナイフでも死なない連中がいる。
だが、その点において人間は素直だ。ちゃんと急所を突けば死んでくれる。
「流石は切り裂き魔だ。賞金稼ぎをやるなら俺も噛ませてくれよ。連中のことについて探ってやるぜ」
「いいぞ。取り分は?」
「お前と俺で7:3ってのは?」
「乗った」
悪くない。そもそも情報がなければトレインの連中は見つからない。
「ところで、その懸賞金は賞金首の生死にかかわらずか?」
「イエス。デッド・オア・アライブだ。そいつの死体の顔写真と生体情報があればそれでいいとさ」
「了解だ。それではお互いに取り掛かるとしよう。そっちが情報を集めている間、こっちも準備をしておく」
「あいよ。任せときな」
俺はそう言って斎藤に別れを告げて、やつの拠点であるバーを出た。
「旦那様。次は人狩りですか?」
「ああ。今度は焼き殺すなよ。やつの顔の写真が必要だ」
サタナエルがどこか楽しそうなのに俺はそう忠告。
「ええ、ええ。旦那様のお手並みを拝見させていただきます。惚れ直してしまうかもしれませんね」
「……お前は俺が人間相手に狩りをやっていることに何も言わないのか?」
大抵の人間は俺が相手が犯罪者とは言えど、クリーチャーより人間を好んで狙うのを嫌う。
皇や斎藤などは理解してくれているが、恐らく九条たちが知れば軽蔑するだろう。
「ボクも人間を殺すのは好きですからね」
「そうだったな。阿呆な質問だった」
こいつも俺に遭遇したときに散々人間を殺していたのだ。
「ダンジョン深く潜るには金が要る」
俺はサタナエルに言う。
「この仕事で金を稼いで、潜るための資金を稼ぐぞ」
「はい、旦那様。頑張りましょう」
そうして俺たちはトレインと呼ばれる犯罪者を狩るための準備に入った。
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