30 魔族という怪物の上位種
「どうなってる……」
怪物達の勢力圏の中。
その中にあって最も強烈な悪意を放つ場所。
ここに居を持つ人の姿を保った怪物が首をかしげた。
魔族と呼ばれている。
人の姿をした怪物の事だ。
多くの怪物と違い、知性や理性を持ち合わせている。
暴虐的な殺戮衝動を失ったわけではないが、これらをある程度制御している。
それでいて、強さは怪物を超える。
この危険な存在は、手元によせられた各地の情報を見聞きして困惑した。
各地にいたはずの怪物が姿を消してるからだ。
「人が動いてるのか?」
ありえない事ではない。
人里の近くに怪物がいれば、さすがに駆除に動き出す。
人とみれば何のためらいもなく殺しにかかるのが怪物だ。
そんなものを放置するほど人間は馬鹿ではない。
ただ、手が足りないのでどうしても放置する羽目になってる。
そんな人間が怪物を倒している。
それも各地でかなりの数を。
この事に魔族は驚いた。
(大規模な戦闘が始まったのか?)
人類側の兵力が動いてる。
ならば怪物が消えていくのもおかしくはない。
それも、群ごと消滅してるのだ。
相当な兵力が動いてると考えた方が無難だ。
しかし、と思う。
そこまで人類に余裕があるのか?
かろうじて都市を作ってそこに立てこもり。
生産拠点の小さな町や村をどうにか守るだけで精いっぱいの人類に。
(無理だ……)
魔族の知る限り、人類にそんな余力は無い。
今の居場所を守るだけで限界がきているのが人類だ。
そんな者達に大規模な攻勢に出るだけの余力は無い。
人類の戦力の大半は、現在の主戦線に貼り付けられている。
そこから動ける余裕のある部隊は存在しない。
魔族はそう分析していた。
この推測や予測が外れてる可能性もある。
人類に巨大な予備兵力があったのかもしれない。
だが、だとしたら何かしらその動きが見えるはず。
大規模な兵力が動けば、どうしたって兆候が出て来るのだから。
だから敵である魔族にも、人類側の動きが少しは読める。
しかし、今回の怪物消滅にこうした動きは見当たらない。
少なくとも大きな人間集団が動いた形跡はない。
となれば、少数の高レベルの人間部隊が動いてると考えた方が無難だった。
人間によって怪物が消えているならば。
「面倒だな」
人間が動いてるにせよ、それ以外の理由にせよ、余計な事が起こってる。
集めた怪物が消えた事で、今後の予定が崩れた。
これでは人類側への攻勢を仕掛ける事が出来ない。
この攻勢の為に、各地に怪物を送り込んでいた。
後続となる怪物も出来るだけ量産している。
これらをもって、一気に人類に雪崩こみ、壊滅させるつもりでいた。
しかし、肝心の兵力が減ってしまったので計画を見直さねばならなくなった。
「どうしてだ?」
悩みも出て来る。
だが、落ち込んで終わるわけではない。
起こってしまった事を仕方ないと受け入れ、次へと向かう。
予定していたほどの事は出来ないが、今でも十分に兵力はある。
これを用いれば、それなりの成果をあげられる。
今はこれで良しとする事にした。
とはいえ、それはそれで準備が必要になる。
展開した怪物を移動させねばならない。
予定より小さな規模になっただけでなく、時間もかけてしまう事になる。
踏んだり蹴ったりではある。
それでも魔族は攻勢を諦めたりはしない。
人類を殲滅したいという欲求にかげりはない。
思ったほどの成果は得られなくても、確実にやりとげるという確固たる意思があった。
魔族は確かに知性や理性を持っている。
しかし、暴虐的な性向や嗜好が無くなったわけではない。
また、知性や理性がこれらを押さえ込んでるわけでもない。
むしろ、これらを悪事をよりよく行うために用いてる。
そもそも、知性や理性に善や悪の区別はない。
これらを良いことに用いるか、悪行に使うかは心次第。
この心が人類の殲滅を求めてる。
ならば知性や理性はこれに従うだけ。
なので、多くの魔族は十分に知性的で理性的だった。
悪意の淀みの中に住まうこの魔族も。
そんな人間とはかけ離れた心と思考を持つ魔族は、人とはかけ離れた存在でしかなかった。
姿形が人に近くても。
それでいて、決して人にないものを持ち合わせている事も。
人類の殲滅を狙う魔族。
この者にも人と異なる部位がある。
頭の横から突き出た牛の角。
それはこの者が人ではない異形である事をしっかりと示していた。
そんな牛角の魔族は早速指示を出していく。
各地に散らばる怪物共に。
これもまた魔族の特性である。
魔族は怪物を操る事が出来る。
怪物は魔族の指示に従う。
これは本能的なものだ。
魔族は支配者として。
怪物は従属者として。
ごく自然な上下関係が異形のもの達の中に存在していた。
この関係を用いて、牛角の魔族は怪物を動かしていく。
怪物達もこの指示に従っていく。
たとえ思うところがあってもだ。
この動きは人の目から離れた場所で行われていった。
だから気づく人間はほとんどいない。
たまたまそこに居合わせた人間は、例外なく死んでいく。
こうして怪物の移動は誰にも伝わらずに進められていった。
魔族の指示通りに。
とはいえ、完全に消し去る事も出来ない。
大規模な動きは何かしら表にあらわれる。
それは、接する機会が多い者には分かってしまう事もある。
「静かなもんだな」
配達に精を出すソウマ達は、そんな数少ない人間の一人であった。
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