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「目覚めた気分はどうだ?
リンジー……いや。
『伝説の大魔女』エララ」
彼は私の二つの名を呼んだ。
リンジーの名と、彼が思い出させてくれた、私の前世の名。
私は悠然と答えた。
「いい気分よ。
私って、こんなに強かったのね。
今までいろんな事に萎縮して生きてきたのがばかみたい。
あんなに弱いずるい人達にビクビクしていたなんてね。
ねえ、私の前世のエララとしての記憶は漠然としているの……。
あなたは一体何者?エララの知り合いだったの?」
「いずれ思い出すさ。
リンジー。俺は、お前が不遇な人生を送っているのを見るのが、耐えられなかっただけだ」
私の背後で扉がノックされた。
「リンジーお嬢様。お食事をお持ちしました」
私が振り返ってドアの方を見た一瞬で、男は姿を消していた。
お母様付きのメイドが震える手で食事のお盆を運んできた。
そこには、暖かで豪華な食事が並んでいる。
「私の部屋付きのメイドは?」
「リンジーお嬢様のご希望どおり、本日でかかか、解雇となりました!
新人が入ってくるまでは奥様付きの私が、担当とさせて頂きました。
粗相がないように気をつけて励みます。よろしくお願いしますぅ」
完全に怯えて縮み上がっている新担当のメイド。
私はその様子に苦笑い。
いつもお盆を雑に置くメイドは、私の指示通り解雇になったのね。
まあ、仕事を雑にやるメイドなんてそれでいいのよ。
「そう。これからはよろしくね。ありがとう。じゃあ下がっていいわよ」
「は、はひいい!」
彼女は震えつつも静かな手付きでテーブルにお盆を置くと、深々とお辞儀をして部屋を出ていった。
私はいつも通り、一人で食事を食べ始めた。
暖かなスープは、本当に美味しかった。焼いた角牛のステーキも良い焼き加減であつあつ。温かいパンも添えられている。
両親がいつも摂っている食事と同じ。
通常の侯爵家令嬢の食事だ。
私は、『無能令嬢』と呼ばれている間、一般的な貴族令嬢の生活は奪われていたのだ。
本当の力に目覚め、改めて温かな食事を噛みしめると、頬に涙が伝った。
私はゆっくりと美味しい食事を噛み締めた。
そして、あの謎の男とは、またいつか出会うだろう。
そんな予感がしていた――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
私は王宮に出向いた。
そして、謁見の間でレジュッシュ国王陛下と久々の対面を果たした。
王からの用件。
一つ目は、アンドルー王子の非礼への詫びだった。
王は玉座で、額を抑えて俯いて私に詫びの言葉を並べた。
「リンジー・ハリンソン。
わが息子が迷惑をかけた。これまでの非礼の数々、許してやってほしい」
「別に。気にしておりません。
私とアンドルー殿下は、今は『いいお友達』ですからね」
「それに娘のビクトリアが、兄を侮辱したと決闘を申し込んだそうだな。
言いがかりも甚だしい……それも申し訳なかった。
娘に傷一つつけず、決闘を終わらせてくれたこと、感謝するぞ」
「ええ、私にも分別がございますから。
彼女は『お姉さま』と私を慕ってくれているようです。
これまではあまり関わりがありませんでしたが、話してみてわかったのですが、ビクトリア様はとても可愛らしい方ですわ。姉と慕って頂き光栄です」
「そ、そうか……。
寛大なリンジーよ。
今日はもう一つ、頼みがある。
現在我が国は、隣国と冷戦関係である事は知っているな」
「はい。
両国の間にある自由国境地帯の件ですね。
魔物が跋扈する<赤色荒野の断崖>をどちらの領土にするか。
押し付け合う形で数十年膠着状態と聞いております」
「うむ、その通り。
当然、魔物が棲み着き、人が暮らせぬ地域を自国領土にはしたくない。
両国が領有を押し付けあっておる。
過去、サンドル国は<赤色荒野の断崖>をこちらに押し付ける替わりに、同じくどちらの国にも属さない自由国境地帯、平和なサンタ・ヴェレ諸島を寄越せと言い出してな。
当然断ったのだが、それ以降両国は数十年冷戦状態だ。
もちろん大きな戦が起きているわけではない。
両国の兵士が<赤色荒野の断崖>を挟む形で向かい合い、魔物退治に励んで居るのが現状だ。
しかし、その疲労から両国兵同士の険悪さも段々と増してきている。
そんな中、最近になりサンドル国が、新たな和平調停の条件を出してきた。
サンタ・ヴェレ諸島の領有権の主張を取り下げる替わりに、<赤色荒野の断崖>の魔物を一掃せよ、それならばあの一帯を引き受け終戦とする、と言い出したのだ。
もちろん、無理と分かっての上での条件交渉だ。
広大な<赤色荒野の断崖>には、数え切れないほどの魔物が生息し、しかもどれもが中級以上の魔物だ。
一掃するなど出来ようはずがない」
「なるほど。
その条件を断れば、サンドル国に、平和なサンタ・ヴェレ諸島に攻め込んでくる口実を与えてしまう。
戦争を避けようとサンタ・ヴェレ諸島を譲れば、国境は近づき我が国には脅威となるし、<赤色荒野の断崖>の魔物の討伐は全て我がレジュッシュ王国の義務となってしまい、兵は疲弊し民の不満が募る……と。
いずれにせよ、近い将来、両国の衝突は避けられない状況ですね」
「飲み込みが早いな。リンジー。
魔法が発動できない頃から、聡明ではあると思っていたが……。
そなたのことを軽く見すぎていたようだ。
私もまたリンジー・ハリンソンに詫びねばならぬな。本当にすまなかった。
『虚級』の魔法使いのリンジー・ハリンソン。
お前に頼みだ。
今の状況で、<赤色荒野の断崖>の問題を解決する手段はないか?
その頭脳と能力を貸してはくれぬか」
「――わかりました。
私がこの問題を解決します。
その代わり、陛下にお願いしたい事がいくつかございます」
私は陛下に近寄る許可をいただき、耳打ちで己の希望を伝えた。
「なんと……そんな事でいいのか?」
「はい。
この願いを聞き入れてくれると約束して下さい。
そうすれば、私が両国の悩みのタネ、<赤色荒野の断崖>の魔物を一掃してみせましょう」
(続く)
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ここから先かなり短編と変わっていきます。
新キャラも絡んでいきますので、楽しみにしてもらえると嬉しいです。




