第六十六話 狼少年、狼と語り合う。
ギンはいきなり自我を奪われてしまった。
あの時、白夜と偽救世主が語り合っていた頃、心の奥底――深淵より突如現れた新たな自我に。
そこからは何も記憶がない。
ギンは深い眠りについてしまっていた。
しかし、しばらくすると何やら体全身にかなりの衝撃を受け、それにビックリして少し目が覚めてしまう。
その目が覚めた瞬間、この謎の空間へと送り込まれてしまった。
辺りは薄黄色で何も無く、ギンはふわふわぷかぷかと浮いているような感覚を感じていた。
すると、目の前に黒い狼がいきなりポンッと姿を表した。
「……ここは?」
狼は自分と同じく、いきなりこの場所に飛ばされてきたのだろう。
「……ここが何処かは分からないでござる。貴殿は何者でござるか?」
ギンはその狼に問いかける。
「俺は……名前はない。だが、あの者は俺のことを確か……『ギン』と呼んでいた。お前は誰なんだ?」
「『ギン』……奇遇でござるな。拙者の名前も、同じ『ギン』でござるよ」
「『ギン』……なるほど、あの者は、お前のことを呼んでいたのだな」
狼は「ふっ」と笑みを零す。
「……ならば、もう行ってやれ。お前の体から俺の自我は引き離されたのだろう。そういうスキルでも使ったのだろうな。俺はもうお前の中から消えることとするさ」
「えらく、諦めが良いのでござるな」
「……あの者達は強い。強すぎる。桁違いだ。最早奪われた仲間達を取り返す手立てなど、何も無い」
狼は少し儚げな表情をし、ギンに対してそう語る。
「……なるほど。しかし、それは出来ぬ相談でござるな」
しかし、ギンはそれを否定する。
「な、何? なぜだ?」
「決まっておろう。貴殿が辛そうな表情を浮かべておるからでござる」
ギンはきっぱりとそう言い切る。
「……俺は、ただ俺のことを信じてくれる仲間を守りたかった。しかし、俺の心の深淵には血肉に飢え、それを貪りつくさんとするドス黒い欲望がある。俺と一緒に居ると、お前までもがその苦しみを味わうことになるぞ」
「なるほど……つまり、貴殿はその欲望に対して苦しんでおったのでござるな?」
狼はおっかなびっくりな表情をしている。
「……分かりやす過ぎるでござるな。顔に書いてあるでござるよ?」
ギンは顔をちょんちょんと指差しながら、そう言い放つ。
「……そうだな。俺はあのドス黒い欲望に体全体を奪われ、その欲を満たすための行動しか出来なかった。あれは悪魔的……恐ろしいものだ」
狼は顔を顰めさせながら、そう語る。
「……それは嘘でござるな」
ギンはまたキッパリと言い張る。
「な、何?」
狼は不思議そうに顔を傾げる。
「今なら、あの言葉の意味が分かるでござる。貴殿は……最後は仲間を守ろうと思い、行動しておったのでござろう?」
「――っ!!」
すると狼は「どうしてそれを!」と言いたげな表情を顔面に表示させた。
「……貴殿も拙者に似て、顔に出やすいのでござるな」
ギンはつい「くっくっくっ」と笑みをこぼしてしまっていた。
「な、何がおかしい! 仲間を守りたいと思うことは、当然のことだろう!」
狼は頭の上にやかんを置いた場合、ヒューヒューと湧いて吹き出しそうなほど、カンカンに怒っている。
「その通りでござる。当然のことでござるな」
ギンはあっけらかんとそう言ってみせる。
「……拙者も同じでござる。あの村を守りたいと思っているのでござるよ」
そしてギンは白夜の言葉を思い出し、狼に問いかける。
「だとすると……貴殿はもう、あの呪縛から解き放たれているのではないでござるか?」
「……何?」
「貴殿は今、拙者のことを食べたいと思うでござるか?」
「……」
狼は言葉を閉ざしてしまう。
「……恐らくそうは思っていないのでござろう? ただ……不安でござるか? 拙者に近づくと、またあの欲望が湧き出てくると」
ギンは狼に近づく。
「……っ! ち、近寄るな! 俺は――」
「拙者は……ハクヤ殿を信じるでござるよ」
そう言って、狼の頭にそっと手を置き、優しく撫でる。
「――なっ! こ、これは……」
「ふふっ。ほら、大丈夫でござろう?」
狼はギンが飛びかかれるほど近くに寄ってきても飛びかかることなく、むしろ頭をギンに預けている。
「な、なぜだ……? 以前は近くに人間が居るだけで欲望に呑まれ、飛びかかって行ったはずなのに……」
「簡単でござる。本物の救世主……ハクヤ殿のおかげでござる。あのお方は『お前の呪縛を解き放つ』と言ってくださっていた。何かしらの術を施してくださったのであろうな。……やはり、あの一行は、とんでもない方達しか居ないでござる」
ギンがそう言い放ち、笑いかけると――
「……なんだよそれ? そんなのありか……? 俺の苦しみは何だったんだ……? はぁ……」
狼は諦めたかのようにため息をこぼし――
「……そうだな。全くもって、その通りだ。あの大きいメスに仲間をほとんど掻っ攫われた時なんて、どれほど絶望したことか。……なんかもう、色々どうでも良くなってきた……ハハハ」
もう笑うしか無いと言わんばかりに、笑っていた。
「……さて、これからどうするでござるか?」
ギンは狼に対して問いかける。
「……むむ? どうするとは?」
「ハクヤ殿は、『仲間も村も救いたければ強くそう思え』と言っていたでござる。それと……『お前を創造り変える』とも」
「……なに? 創造り変える……? それは一体、どういうことだ?」
「恐らく……強く念じることが大切なんでござるよ。そうすると、拙者達は多分、全く新しい何かへと変貌を遂げることが出来るでござるよ! 拙者達の思いの力が強い分……すっごい存在になれるかもしれんでござるな!」
「えぇ……なんだよそれ……本当になんでもありかよ……」
ギン達は二人して可笑しくなって笑ってしまい――
「「じゃあこの際、『世界丸ごと、救ってやる!』ってくらい、強い気持ちでいっちょやってみる(でござる)か!!」」
そう悪ノリし、強く、強く思うのであった。




