第六十五話 狼の群れ、窮地に落とされる。
「さぁ! あたしの眷属達! ここから離れるわよ! あたしについていらっしゃい!」
「「「イエッサー!!!」」」
あの美女はふわりと空を飛び、家の向こう側へと眷属――狼達の群れ、およそ百匹を誘導する。
「――なっ!? やられた! あの者のスキルか!」
狼はあの美女のスキルを思い出す。
確か、スキルの名は<神祖>。
魅了した者を眷属にすることが出来るという、とんでもない性能の術だ。
「――な、何事だ!?」「なぜ我らが同胞は、あの者に着いていくのだ!?」「リーダーは何処へ行った!?」「い、一体全体、何が起きているのだ!」「スキルとは一体……?」
魅了の術にかかっていない仲間が狼狽えながら、慌ただしく狼に対して説明を求めてくる。
「やられた! あの者のスキルは強力だ! 魅了した者を自らの眷属に仕立て上げることが出来るんだ! もうリーダーも含めてあいつらは俺達の仲間ではない! あの者の下僕だ!」
「な、なんだとっ!?」「そんな馬鹿げたスキルがあるものかっ!」
「あるから同胞達は去って行ったのだ!」
狼は悔しげな顔を浮かべ、大口を横に広げ、ギリギリと歯ぎしりをする。
「くそっ! せっかく出来た俺の仲間達を……!」
「……にわかには信じがたいが、お前が言うなら――」
ヒュンッ!
すると隣にいたはずの同胞が突如パタリと倒れた。
「……な、何!? 何が起きた!? おいっ! しっかりしろ!」
見た所、外傷は見当たらない。しかし――
ヒュンッ! ヒュンッ!
その風の音が鳴った瞬間、同胞達はまたしてもパタリパタリと倒れていく。
それは最初こそ数匹であったが次第にその数が謎の音と共に増え、七匹、八匹、九匹、十匹、となると――
「「「キャ、キャイイン!!!」」
仲間達は怯え、狼狽える。
どこからともなく現れる風の音と共に、パタリパタリと仲間達が外傷なしに倒れていくのだ。
無理もない。
そして狼はその正体にようやく気がつく。
この音には何やら聞き覚えがあった。
この音は――
「ま、まさか!? あの小さなメスの仕業か!?」
「――多分、その通りだ」
すると、家の中からスタスタと歩いてくる者が答える。
ショートカットの黒い髪。
切れ長の目をしたまるで女性のような顔つき。
黒い丈夫そうな立派なコートに身を包んだその者は――
「き、貴様っ! 生きていたのか!」
先ほど自分を蹴飛ばした、忌々しい存在だ。
リーダーが屠ったと言うのはどうやらまやかしだったらしい。
「なんだ? 生きてちゃまずいのか?」
その者はキョトンと首を傾げながら、問いかける。
「当たり前だ! 俺のせっかく出来た仲間達をスキルで奪いやがって! 早くあの者の術を解き、魔法を打ってくるメスを止めろ! さもなくばお前を殺すぞ!」
すると、その者は何やら考え込む素振りを見せる。
「……お前は、大切な仲間達を奪われたから、俺を殺すのか?」
「――なっ! 当たり前だろう! 俺のことを信じてくれたんだ! 今までは誰にも信じてもらったことなんてなかったのに!」
(……あれ? 今までって……何だ?)
狼は咄嗟に吐いた言葉の意味を疑う。
「……お前は、イルミナのスキルのことも、コウハクの魔法のことも覚えているんだな?」
(イルミナ……コウハク……? どこかで聞いたことがあるような……)
「……はっ!? お前! 俺を考え込ませて、隙を伺うつもりだな! そうはいかんぞ!」
危なかった。
変なことに頭を使わされていた。
あの者の言葉は妙に心の中にスルリと入り込んでくる。
それがあの者のスキルなのかもしれない。
「考え込むということは、まだ微かに記憶が残っているのか。なら、まだ間に合うかもしれんな」
そう言って、スタスタとこちらへと歩み寄ってくる。
「――く、くるな! これ以上近づいてみろ! お前を本当に殺すぞ!」
「お前は、血肉を喰らいたいから、殺すんじゃなかったのか?」
「ち、違――」
「今は違うんだな? 普通、お前の仲間達は喰らいたいから殺す種族達だと聞いたぞ? じゃあなぜだ? なぜ俺を殺すんだ?」
「そ、それは! 仲間を――」
「お前のことを信じると言ってくれた奴らを守りたいからだな?」
「――なっ!? 何なんだお前は!!」
「……俺は紅 白夜。お前の……仲間だ」
(紅 白夜……その名は以前、どこかで――)
そう考えたのも束の間。
その者はこちらが瞬時に飛びかかれるくらいの距離にまで近づいていた。
「――っ! グ、グルルオオオォォ!!」
狼は苦悩と欲望により、一瞬で頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたかのように感じ、半ばやけくそになりながらその者に対して飛びかかる。
しかし――
「ふんっ!」
その者は左に瞬時に移動し、狼の左前足の膝の部分に自らの左肘を当て、その左肘を内側から右手で力一杯押してきた。
狼はバランスを崩し、右斜め前方向へと力を流され、その者に無防備な背中を見せてしまう。
すると今度は瞬時に狼の頭を鷲掴みにし、力を利用しながらそのまま下に押し込み、地面へと叩き落とした。
「そおぉらっ!」
「ギャウン!?」
一瞬の出来事に狼は地面にドスンッと強く体を打ち付けられ、呻く。
そしてその者は狼の無防備になった背中に腰を落とし、頭を掴んで地面に押し付けて抑え、狼は身動きを封じられてしまう。
「ふむ。コウハク直伝の技だったが……上手くいったな」
そう言ってその者は狼の頭を――優しく撫でる。
「……ごめんな。少し衝撃が強すぎたみたいだ」
その者は狼に本当に――本当に申し訳なさそうに謝罪した。
「……ぐ、ぐう……なぜ……謝るのだ……俺の仲間を奪った……お前が……」
「そうだな……大切な仲間を――俺を助けてくれた存在を、叩いてしまったからな」
そいつは優しく、優しく、頭を撫でる。――この感覚は。
「なぜ……これほどまでに、心地良いのだ……」
「少しは思い出してきたか? 村を救うためにただ一人で走り回り、戦い続けた……優しき心を持つ狼少年、『ギン』よ」
(ギン……? その名は……ギン……そうだ……俺は……拙者は……)
「……ハクヤ……殿……?」
ギンは一瞬自我を取り戻し――
「そうだ。安心しろ。お前の呪縛は俺が解き放ってやる。後は……お前達次第だ。仲間も村も、どちらも守りたければ強くそう思え。スキル<創造>発動。お前を……創造り変える」
その後、狼の体は一瞬で光に包まれた。




