第六十四話 狼、群れに合流する。
『狼男』の群れは足早に先ほど狼が喰らおうとしたメスが居た家の前に向かっていた。
――その数、ざっと百数十匹。
しかし、狼にはある不安が脳内をよぎっていた。
(ここは……まずいぞ。先程の者が居る場所だ。知らせた方が良いのでは――)
そう思ったのも束の間。
例の家の前にすぐにたどり着くと、そこには一匹の茶色い毛を纏った狼が居た。
「リーダー!」「ついにこの時がやってきたな!」「もう俺達待ちきれねえよ!」
仲間がそいつのことを「リーダー」と呼ぶ。――こいつがこの群のボスらしい。
「そうだな。皆の者、よくぞここまで耐えてきた。我らはこれよりこの村を地獄の底に叩き落とし、新たなる拠点とする。……が、その前に、皆に吉報がある」
そう言って、何かを探すように群れを見渡す。
「今日この日、我らの同胞が一匹新たに誕生した。これも神のお導きなのだろうな。この村を足がかりとし、我々狼男達全員の地位を磐石とする――この良き日に芽生えたのだ。先ほどこの家で生まれ、飛び出して行ったのを見かけたのだが……前に出るが良い」
リーダーは促す。
それはきっと――
「……おい。それって、もしかしてお前のことじゃないか?」
先ほどの黒い狼がそう問いかけてくる。
「……多分、そうかもしれない」
「おいおい! そりゃめでたいな! ほら、前に出ろって!」
そう言って、鼻で体をグイグイと押される。
狼はヨタヨタと狼達の前に出て、少し気恥ずかしそうにする。
「お前が先ほど、ここを飛び出した狼で間違いないな?」
群のリーダーがそう問いかける。
「は、はい。間違いありません」
狼はそう返事を返す。
すると、リーダーが何やら家の方をちらりと見る。――そうだ。
「そ、そうです! その家には何やら只者ではない者が存在していました」
狼は先の不安をボスに伝える。
「……ん? あ、あぁ。そうだな。確かに居たな」
リーダーは何やら都合が悪そうにそう返した。
まだ中に居るのかもしれない。
だとすると――
「リーダー! ここは皆全員で、あの家を叩くことを提案致します!」
狼がそう言うと、周りの仲間もそれに同意したのであろう。
グルルとよだれを垂らしながら頷いている。
「……えっ? あっ! い、いや! やめよ! その必要はもうない」
リーダーはなぜかしどろもどろになりながら仲間を止める。――騒ぎすぎるのを防ぐためなのだろうか。
「おほんっ。……なぜならば、もうこの家は我が制圧したからだ。中には腕の立つ者が一人居たが……お前の活躍により、消耗しておったからな。すでにもう屠っておいた」
リーダーはそう言って狼を見つめながら語り、皆を納得させる。
すると「おぉ……」「さすがはリーダー……」「あいつ……なかなかやるな」「俺決めた。あいつと友達になる」などと言った感嘆が漏れる。
「そして……そこで素晴らしい手土産を拾ったのだ」
リーダーは家の中に入って行き、しばらく経った後にそれを持ってくる。
後ろ手を掴まれて、持ってこられたそれは――絶世の美女であった。
「「「――っ!?」」」
辺りがざわつく。
「なんだ……あの美女は」「あれほどのものは見たことがない……」「スッゲェスタイル良い……」「俺決めた。あの子と交尾する」などといった言葉を漏らす。
「……皆、この者に触れたいか?」
リーダーがそう問いかけると、狼達は互いに顔を見合わせながら、頷く。
(……おかしい。あの者以外に、メスがもう一人居たはずだが……)
狼がそう思っているのを余所に、リーダーは言葉を続ける。
「皆、この者に触りたいか?」
すると狼達は「……当たり前だろ」「いろいろ触ってみてえなぁ……」「一糸纒わぬそのスタイルを……」「俺決めた。あの子をママにする」と口々に言う。
(もう一人! 俺が食おうとしたメスが――)
狼がそのことに気づいた瞬間――
「皆! このお方を、貪り尽くしたいかあああああ!」
「「「うおおおおおお!」」」
「――だ、そうです。我が君、イルミナ様」
「――はいご苦労様。あなた達、あたしに『魅了』されたわね? スキル<神祖>発動。あなた達をあたしの眷属とします」
狼の群れ――百数十匹は、その殆どがあの美女の眷属と化してしまっていたのだった。




