二頁目
Dの何気ない一言に、空気が凍りついた。
エペもアルクも、その他の八人の子どもたちも、真顔でDを見つめている。
「あ、ごめんね……?」
「……いや、いいさ。じゃあな、Dとやら。君も魔術の使い手なら、いずれまたどこかで会うだろう」
「うん。バイバ~イ」
エペはフッと笑うと、手を上げつつ去っていった。後ろを子どもがゾロゾロついていく。引率の先生かな? というような雰囲気だ。
「ふふっ、面白い人~!」
Dは馬鹿にするというよりは単純に物珍しさからクスッと笑みをこぼすのだった。
◇◆◇
そこから麗筆が戻るまで、そんなに時間はかからなかった。
出かけたときと同じように、麗筆はふらりと姿を現した。まばたきした瞬間にその場に出現したかのように。
「麗筆、おっそい!」
「すみません、考え事をしていたものですから」
「もう三日も経ってるんだよ?」
「たった三日じゃありませんか。そんな、まるで普通の人間みたいなことを言わないでくださいよ、D」
「む~~!」
さすが、うたた寝で四十年も寝っぱなしだった魔術師は言うことが一味違う。
Dもまた寿命というものとは無縁であり不眠不休で活動できる魔本ではあるものの、今はこうして肉体を得て人間として生活している身、麗筆の言葉には異議を唱えたいところである。
「三日もムダに待たされたって言ってるの! 最初から言ってくれてれば観光して待ってたのにぃ」
「おやおや。貴女がぼくに気兼ねなど?」
「むかつくぅ」
Dは唇を尖らせた。
「まぁまぁ、そう怒らずに。散策に出掛けましょう、D。今度こそ、美味しいショコラを見つけたり、オペラを観劇したりして、楽しい旅ができそうですよ」
「うん! 行こう、麗筆!」
満面の笑顔で麗筆の手を引くD。さきほどのエペとは対照的に白いローブの麗筆は、苦笑しながら歩き出した。
ホテルは目抜き通りに面しており、正面玄関から外に出れば同じく高級ホテルやオシャレな雑貨店、レストラン、高級ブティックが目に入る。そのほとんどが鉄筋コンクリート製の高層建造物なのだった。
近年のアウストラルは経済的にも文化的にも一大成長を遂げており、帝都のみならず主要な街にはそういった新しいものが取り入れられている。そして、それらの建築資材はすべて国外の工場でアウストラルが主体になって作らせているのだ。
もはや、インキュナブラ大陸の覇者はアウストラルと言って良い。その文明の進み具合は、マティアスのいたオーヴォ大陸などとは比べ物にならないほどだ。むしろ、まっさらな土地で一から建国したケテル王国やオーヴォ諸国は言うなれば赤子同然、比べる方が酷というものだ。
アウストラルに降り立ってからホテルの中しか見ていないDは、城まで続くこの一番華やかな通りにすっかり魅了されてしまったようだ。キョロキョロ見まわしながら、ひとりキャアキャアはしゃいでいる。
「すご〜〜い! すごいすごい! ね、麗筆!」
「……まぁ、確かに。ぼくは、あまり好きではありませんがね」
「そーなの? ふ〜〜ん。あ、チョコレート屋さんだぁ! 見て、行列が出来てるよぉ〜!」
「お〜、よく見つけましたね、D。お手柄です」
「えへへっ」
Dが指差す先には、落ち着いた雰囲気の店があった。ショーウィンドウから見える場所には色とりどりのチョコレートがきらびやかにディスプレイされており、中も外も女性客で賑わっている。
「ようやく、ショコラトリーを見つけられましたよ〜」
「そういえばそうだね〜。ケテルではせっかく王都へ行ったのに、ゆっくりお店を回れなかったもん」
「しかし、すごい人です。よほど人気なのでしょうね」
そのとき、わあっと歓声が上がったかと思うと、店の中から男がひとり出てきた。試食用と思われるチョコレートをたくさん載せたトレーを掲げている。
「さぁさぁ、お嬢様がた、新作のショコラを味見していかないかい? おひとりにおひとつ、順番にね!」
「きゃ〜〜! レオン〜〜!」
「オーナーよ、オーナー! 握手してください!」
とうやらその男はこのショコラトリーのオーナーで、しかも有名人らしい。白い歯を輝かせて笑う筋肉ムキムキのショコラティエを見てDは首を傾げた。
「チョコレート屋さんって、こんなにモテるの?」
「ぼく、食べてきます」
「えっ、ちょっと、まさかひとりだけ? ずる〜い!」
ひとり抜け駆けして最前列へ歩いていく麗筆を、Dも急いで追いかけた。店の入口に並んでいる客へと、順番にトレーを差し出していくショコラティエ。麗筆は彼の前にひょいと飛び出した。
「ぼくにもください」
「おやおや、試食はお並びのお客様に限っておるのですが……」
苦笑するショコラティエ。綺麗にカールした口髭をくるんと指でもてあそび、闖入者にどうやって諦めさせようかといった表情だ。
「くださいな。ね? お願いします」
「……どうぞ、お客様」
麗筆がにっこりと微笑むと、大柄な男はまるで魔法にかかったように従順に、大げさな礼をして麗筆の方へトレーを差し出した。
「あ〜あ、やっちゃった!」
Dにはすぐにわかった。麗筆はあのショコラティエの心を魔術の力で操ったのだ。嬉しそうな顔でチョコレートを口に運ぶ麗筆。まったく、仕方のない悪の魔術師である。
「ん〜、美味しいです! 深みのある芳醇な香り、なめらかな口どけ! 見た目の美しさもさることながら、この上品な甘さがたまりません……ああっ、なんて素晴らしいんでしょう」
「ほめすぎじゃない?」
Dのツッコミなど耳にも入らないのか、麗筆はショコラティエの手を取りうっとりとした表情で囁いた。
「お願いです、貴方。一生、ぼくのためにショコラを作ってくださいませんか?」
「えっ」
突然のプロポーズに、ショコラティエのみならずギャラリーまでが固まった。一歩後ずさりするショコラティエ。生唾を飲み込むギャラリー。
「ね、いいでしょう?」
ダメ押しで一歩距離を詰める麗筆に、Dはわなわなと震えて叫んだ。
「そ、そんなの、だめ〜〜〜っ!」
その一声を皮切りに、まわりの女性客たちも口々に反対する。しまいには店の中からショコラティエの妻が出てきて大騒ぎになってしまった。
「煩いです。ぼくはただ、彼のショコラが欲しいだけなのですよ」
「だからって作ってる人ごと持ってくことないんじゃない?」
「なら店ごと買い受けるまでです。それなら文句ないのでしょう?」
「ちょっと、待ってくれ! 何の話だ!?」
麗筆とDの間に割り込んでくるショコラティエ。麗筆は彼を黙らせようと左手に魔力を込め、しかしその手は後ろから現れた何者かによって掴み上げられた。
「なぁ、今ここに魔女が現れなかったか?」
「ひいっ! せ、聖堂騎士!?」
麗筆の口から悲鳴が上がった。
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