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七十八頁目

 麗筆はうやうやしく棺の蓋を開けた。横たえられ、胸の前で手を組んでいるユーリはまるで眠っているようだった。声をかけ揺さぶれば、目を開けて起き上がってくるのではないかと思われるほどだ。


「死んで、いるのか」

「ええ。ぼくがきちんと確認しました」

「そうか……」


 ポツリと、そう呟くと、麗筆が驚いたことにローレンツは草地に膝をつき、覚めることのない眠りについた息子の頬を撫でた。


「まだ、夢を見ているようだ。野心的で、自信家で……枠組みを嫌う男だった。王権や、貴族院の決定に反発的でな、それを隠そうとしていたが、隠しきれていない、そんな危うさがあった。私はそんなこの子を見て、何度注意してきたことか……」

「彼の反逆に気がついていたのですか?」

「いいや。まさか、ここまでするとは思っていなかった……。レイヒは我らの国がどうやって王を選ぶか、知っているな。“選定の儀”で宝珠を光らせることができたのは私のみ……。ならば、私の次はどうなると思う?」


 息子の顔を眺めたまま、ローレンツは言った。だが、それは問い掛けではなかった。


「父は、いや、陛下はな、私が跡を継いだら、その次の王には私の子であるユリアが産んだ子を、と望んでいた。隣国クロワの侯爵の子でもあるクリストファーだ。だが……だが、私は、私自身は王位を継ぐことなく、ユリウスを王にするつもりだったんだ」

「えっ」

「意外か? そうだろうな。私は厳しい父親だった。ユリウスを押さえつけ、叱りつけるばかりで……誰も、私がユリウスを王にするつもりがあったとは思っていなかっただろう。他の誰かを選ぶに違いないと。もしかしたらそのせいでユリウスは……いや、もう、何もかもが遅すぎる」


 ローレンツはため息と共に立ち上がった。そして、自らの手でユーリの棺に蓋をしていく。その表情はなんとも言えない哀惜に満ちていた。


「なぜ、ユーリに王位を譲るつもりでいたのですか?」

「……もういいだろう、その話は」

「わざわざ正規軍を動かしてユーリを討とうとしたのは、その責任感からですか? 貴方が彼を見誤ったから? それともユーリの体面を取り繕ってやろうとした父王マティアスに反抗してのことですか? ユーリを罪人として処刑して、貴方の過ちを葬るために?」

「違う! 違う、私は……、私はどうしても、ユリウスに直接会って……確かめたかったんだ……。何かの間違いじゃないのか、誰かに騙されている、やらされていることじゃないのか。だが、聞けば聞くほど、疑いは確信に変わっていった。……あの子は、私を見て言い訳すらしなかった! Dの、あの娘の魔女騒ぎを口実に来てみたものの、大勢の部下を、殺しただけに、なってしまった……」


 悔恨の滲んだ口調でローレンツは(こうべ)を垂れた。

 彼は、ローレンツは王太子としてではなく、ただの親としてここへ来たのだった。であればこそ、兵士を死なせてしまった彼の罪は大きい。だが、あの正規軍なくしては反乱の萌芽を止められなかったのもまた事実である。


「私はな、ユリウスこそが王に相応しいと思っていたんだ。父に似て、勇敢で、大胆で、思い切りが良く。それだけでなく人の心の機微にも聡くてな。民や兵士、皆に好かれていた。私などよりよほど、上手くやれたに違いない……。

 この考えは、誰にも言ったことがなかった。陛下にはもちろん、ユリウス本人にもだ。言えばユリウスの性格上、思い上がってしまったろうからな。だから、あの子にはとにかく厳しくした。人の上に立つ以上、心のない物のように扱ってほしくなかったからだ。何もかも恵まれた立場にいるあの子に、それをわからせるのは至難の業で、私はただ、口を酸っぱくしてやかましくすることしかできなかったよ」

「ローレンツ殿下……」

「レイヒ、お前、子どもはいるか?」

「…………ええ、まぁ。良い親とは言えませんでしたが」

「そうか。人を育てるのは難しいよなぁ。私のような器の小さい男では、背中で語ることなどできはしない。とにかく陛下を敬い、陛下のようになってくれと、そう教育したつもりだった。それなのに、どうしてこうなってしまったんだろうか。アガットが見たら、何と言うか……。できることなら、時計の砂を戻して、やり直したい……」

「ローレンツ。マティアスは、そんな貴方だからこそ、次代の王にと望んだはずですよ。自信をお持ちなさい。ユリアの産む子は、貴方の助けを必要としているのです。王の位をマティアスから貴方へ、そして今度はその子へと渡してあげるのが、貴方の使命なのですよ、ローレンツ」

「フン……私に媚びても何も出んぞ」

「いえいえ、そういうつもりではありませんよ」


 亡き妻を偲び、ローレンツは瞼を閉じた。その裏には、妻と娘、そして幼き日のユリウスと過ごした日々が映し出されていた。


 しばらく瞑目していたローレンツだったが、やがて天を仰いでいた顔を引き戻し麗筆に向き直った。そこにはもう、過去ばかりを思う男の顔はなかった。


「今、重要なのはユリアのことだ。信頼できる人間を遣って、あの屋敷は押さえてある。出入りしていた者たちも皆、捕えて事情を聴いているはずだ」

「彼らも殺すつもりですか?」

「いや、そういうわけにはいかん。だが、今回の件について口外されては困るからな……一生牢獄か、国外追放か、だな。問題はユリウスを支援していた貴族の連中だ。奴らは影響力が大きい、今回の件についてどうやって口を塞いだものか……」

「それについては心配ないでしょう。ユーリの行動によって炙り出された背信の臣については、すでにマティアスが適当な理由をつけて処分しているはずです」

「陛下が?」

「ええ。彼はもう自由に動き回れるほどには回復していますからね、貴方が戻る頃には、王都はすっかり綺麗に掃除されていることでしょうよ」

「……レイヒ、お前は一体、何をどこまで知っているんだ」

「ふふ。Dが知っていることはぼくも知っている、そして、マティアスとぼくは考え方が似ていますからね……。そこからの推測ですよ」

「はっ、陛下とお前が似ているだと!」

「ほ、本当ですよ~。彼なら罪の重さと悪質さ、有用かそうでないかを切り分けて、邪魔な者から確実に排除しているはずです! 彼は断罪の刃を振り下ろすことを躊躇わない。最小の犠牲で最大の効果を求めるでしょう。彼はそういう男です」

「…………最小の犠牲、か」

「ええ、ええ、そうですとも」

「じゃあ、やっぱり似ていないじゃないか」

「えっ」

「お前たちは‟災厄”だろう?」

「ひ、ひどいです~」


 麗筆は心外そうにローレンツを睨むのだった。

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Dちゃんが出演しているコラボです、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
この作品だけで独立して読めます。

『Trip quest to the fairytale world』
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