七十七頁目
エーメとアイ、ローレンツの連れてきていた術士数名、そしてこの場では一番の術の使い手であるDと麗筆は怪我人の処置に追われていた。もちろん、Dと麗筆はローレンツのお願いによって駆り出されているわけで、自分から望んでのことではない。
犠牲は少なくなかった。特に一番最初に腐肉喰らいによる攻撃を受けたユーリの私兵たちは、四十人のうち九人、盗賊たちは十四人しか残っていなかった。合わせて五十七人の死者だ。
ローレンツ率いた正規軍の兵士にも十人の犠牲が出ていた。
きちんと治療を受けた上で縄をかけられ座らされている反乱軍の残党を見て、ローレンツは苦々しげに口を開いた。
「傷を癒やしてやるのは、私の兵だけで良かったんだがな、レイヒ」
「無茶言わないでください。敵味方を識別して治していたら、貴方の部下は、あと十数人は減っていましたよ」
「むぅ……」
規格外に広い【活性領域】によって大勢の命を救った麗筆にそう言われては、さしものローレンツも反論できない。術士たちも皆、頷き賛同の意を示していた。
「それで、彼らをどうなさるのです?」
麗筆の問いに応えてローレンツが重々しく口を開く。
「この度のことは、他所へ漏らすわけにはいかん。それに、王家の転覆を狙った事は赦し難い。こ奴らには全員、ここで死んでもらうのが妥当だ……」
「ええ、そうでしょうとも。殺して埋めるなら、ここはうってつけの場所ですよ。ただ、マティアスは死刑には反対していたはず、今のこの国は違うのですか?」
「…………。だが……」
ローレンツは言い淀んだ。その苦々しげな表情を読んだ麗筆は、彼らしからぬことだが気を利かせて場を収めた。
「まぁ、その話は後にしましょう。先にユーリ……ユリウス殿下とのお別れを済ませてしまってはどうでしょうか。兵士の皆さんもお疲れでしょうし、治癒の術を受けて回復したことで精力が尽きています。食事が必要でしょう」
「ああ、そうだな。皆の者、しばらく休め」
「さあ、こちらへ。ローレンツ殿下」
麗筆はローレンツを連れてその場を離れた。
Dはバンたちと共にそれを見送る。
「あれがレイヒさんなんですね」
「線の細いイケメンにゃ」
「……すごい魔力。それに、王族と普通に話してる」
さっそく女性陣の審美眼にさらされる麗筆。Dは満足げに頷いた。
「えっへっへ~。性格悪そうでしょう? 悪いんだよ~~」
「えっ、なんで悪口?」
デレデレと相好を崩しながらDが言うのを聞いて、バンが驚いている。いやしかし、Dからすればノロケなのだ、これでも。
「Dちゃんの男の趣味はわからんにゃあ」
「……そうね」
「で、でも、すごく素敵な男性だと思いますよっ」
「うん! アイちゃんはわかってる~ぅ。悪だくみしてる顔が大好きなの~。それに、たいてい失敗して追い詰められてるところが可愛くって仕方がないんだ~~」
「だから、なんで悪口言うんだい?」
麗筆が聞けば怒り出しそうなノロケだった。
さすがにアイもフォローしきれず、半笑いで誤魔化すほどだ。バンが心底不思議そうに聞くのだが、どうやら誰からも答えは返ってこないようだ。
そんな彼女たちの背後に、いつの間にか人狼の姿もあった。
「それで、ポチさん。本物の麗筆を見たご感想は?」
「……よくわからん。容れ物が違うという気がする」
「まあね! 確かにそれはあると思うなぁ。麗筆の本物の体は、私が使ってるもん。それに、今入ってる麗筆の体は、ちゃんとした肉体じゃなくて魔力の塊だしね」
「なにが違うんだ、それは」
人狼の言葉はバンたち四人の心の中を代弁するものでもあった。Dが唇を尖らせる。
「う~~ん。なんていうか、麗筆は今ね、魂だけの状態なの。だから、依代が必要なわけね。それにも種類があって、魔力を使いすぎたらなくなっちゃう今の状態と、心臓も動いてるけどちゃんとメンテナンスしないと死んじゃう普通の人間の体と、両方選べるのね。どっちもメリット、デメリットがあって、今は魔力で出来た体を使ってるの。まあ、死体が残るか残らないか、って覚えておくといいよ。もちろん忘れても良いけど」
「そ、そ、それって! とんでもないことじゃないですか! すごい……普通の術士より上、いえ、魔導師よりも……レイヒさんって、もしかして魔術師なんじゃないんですか!?」
アイが興奮気味に言う。
だが、他のメンバーは無感動なエーメ以外ちんぷんかんぷんだ。
「麗筆は魔術師だよ~。本人はマギだって言うことの方が多いけどね。この世界で最強なんだから! この大陸を作ったのだって麗筆なんだよ~」
「た、大陸を……!? じゃあ、創造王マティアスを支えた白い魔術師ってまさか……」
「うん、それたぶん麗筆。あ、でも、あんまり言うと怒られるからナイショね」
「そんな……」
白髪の少女が、パッチリとウィンクひとつ。
普段なら「そんな馬鹿な」と思う話も、すさまじい魔術の応酬ととんでもない化け物を見た後である今、信じざるを得なかった。受け止め方の深刻さはそれぞれだったが、麗筆とDがいかに規格外な存在かはしっかりと頭に刻み込まれた。
「ポチさんは、今も麗筆を番にって思ってる?」
「……それは、どう、なんだろうな。ひとことでは言い表せない感情だ」
「ふぅん?」
Dはニンマリと笑う。
否、と即答できない時点で、彼の心はすでに麗筆に囚われているのだ。
Dによる「ふわふわのちっちゃい狼増産計画」はまだ途絶えていない。どこかから麗筆のくしゃみが聞こえた気がした。





