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七十六頁目

 半月形だった空き地に抱かれるようにして林立していた木々は、ほとんどが薙ぎ倒されたか枯れるかしていた。林の中にあったもので、人間の遺体と判別できるものはユーリのものだけだった。


 麗筆は彼の手許に転がっていた黄金の杯と紅い魔法石を拾い上げた。魔法石は鶏卵サイズで、麗筆がヴァイゼルに託したものよりひと回り大きかった。それらを懐に仕舞い込み、麗筆は改めてユーリを見下ろす。


 遺体は所々が泥で汚れ、擦り傷もあったが、なるほどDの言った通り顔は綺麗なままだった。恐怖や苦悶に歪むことなく、ただただ驚いたような表情で宙を見上げていた。


「ふむ……」


 麗筆は顎に手を当てて考えた。

 Dから口移しに与えられた記憶では「ユーリが舞台から降りる理由は何だっていい」とDはマティアスに言っていた。


 反乱しようとしていた罪を隠蔽し、処刑ではなく、国葬を執り行うつもりならば遺体は綺麗にしておいた方が良いのではないか。そう考えた麗筆は、ユーリの瞼を閉じさせ、遺体の衣服の破れを魔術で綴じ合わせ、泥汚れを落とした。


 仕上げにその辺の木々から立派な棺を作り出し、彼をそこへ横たわらせた。


 それにしても、今回はイレギュラーが多すぎた。

 ユーリの反乱は秘密にしておかなければならないからと、Dがユーリの討伐へと乗り出したのだ。正当な理由なく正規軍を動かすことができないからと、単身でだ。


 それなのに、蓋を開けてみればローレンツが正規軍を連れてここへやってきていた。なぜか盗賊団がいてユーリに味方しているし、麗筆とはぐれてしまった異界の腐肉喰らいは大暴れしているしで予想外に騒ぎが大きくなってしまった。


 なにより一般人であるバンたち四人の探索者(シーカー)がこの場にいることによって、状況がどう転ぶのかまるで予想がつかない状態だ。なにせ関係者が多すぎる。ユーリの一味を軒並み処分しただけで丸く収まるかどうか。麗筆はやれやれと首を振った。


「これ以上はぼくが考えることではありません」


 麗筆が棺を空中に作り出した【硬面(プレート)】に載せ、滑らせるようにして歩き出したとき、腐肉喰らいが溶けた泥の中で何かが蠢いた。


「おや! グリちゃん、生きていたんですね! そうですか、あの杯では消化しきれませんでしたか〜」


 泥の山から這い出してきたのは、元の熊くらいの大きさまで縮んだ異界の腐肉喰らいだった。棘を備え何段かに分かれていた節足動物もかくやという甲殻は、ツルンとしていてまるで大きなイモガイのようになっていた。ゴツゴツした凶悪な多足も、大きさゆえか少し頼りなげだ。


 “彼”はヨタヨタと麗筆へ近寄ると、二本の触手を伸ばしてしゅるしゅると巻きつかせた。その様はまるで再会を喜び抱擁しているように見えた。


「ふふっ、ぼくもまた会えて嬉しいです。生きていて良かったですね。あっ、ちょっと苦しいですよ。こらこら……」


 麗筆の肋骨がミシミシと軋んでいた。普通の人間が喰らえば息ができずに苦しみ悶えている強さである。そろそろ骨が折れて肺に突き刺さっていてもおかしくない。


 だが、今の麗筆の体は人間を模しただけの魔力の塊なので、そこそこの痛みはあれど死ぬことはなかった。盗賊団にいた頭領の女房役であるリーナの鞭でも死ななかった体なのだから。


 とはいえ、いつまでも遊んではいられない。しつこく抱きしめてくる異界の腐肉喰らいを【雷撃(ショック)】の一撃で黙らせて、麗筆は異空間への(ゲート)を開けると“彼”をそこへ放り込んだ。


「貴方のことは秘密にしておきましょうね、グリちゃん。誰かに見つかってしまったら、『捨ててきなさい』と言われるかもしれませんし」


 光もない異空間で、腐肉喰らいはギチギチと口を動かした。穴を覗き込んだ麗筆に何かを伝えているように。


「おかえりなさい、グリちゃん。また素敵な森を見つけたら、お散歩させてあげますからね。……忘れてなければ、きっと」


 今回の“お散歩”が百年ぶりくらいだということを思い出し、麗筆はひとこと付け加えた。百年ちょっとのうち、四十年は眠って過ごしていたし、残りの月日は戦争状態だったのだ、忘れていても仕方がないことではあった。と、心の中で言い訳をする。


「そうそう、それに、素敵な森が見つかったらという条件ですし! 素敵な森なんてなかったんですよ! だから別に忘れていたわけじゃないのです、ええ、もちろんですとも!」


 (ゲート)を閉じ、棺を引っ張って麗筆は今度こそローレンツの下へ戻った。誰にかけるでもない白々しい言葉を紡ぎながら。





◇◆◇





 バンは辺りを見回した。何が何やらわからないうちに化け物の悲鳴は収まっていた。地響ももうない。


 彼自身も咆哮にやられて頭はグラグラ、足許もおぼつかない体たらくではあったが、先に気絶してしまっていた仲間たちの安全を第一に考え、剣と盾を構えて警戒していたのだった。


 バンの他にも、ちらほらと起き上がってくる人影があった。皆、傷の程度が軽い者たちだ。ぼんやりと座り込む者、仲間を救護する者、動き方は様々だった。


 その中に、後ろ手に縛られたまま拘束のない足で逃げ出す男を見つけた。それはバンたちが捕らえた、Dの呪文書を持った男、セルビノだった。すぐさま駆け出したバンは、セルビノの背中に肩からぶつかっていって吹き飛ばし、転ばせた。そしてすぐに起き上がってセルビノを押さえつける。


「この! おとなしくしてろ!」

「た、頼む、見逃してくれ……!」

「いや、ダメだ。お前には罰を受けてもらわなくちゃならない。今まで犯してきた罪にふさわしい罰をな」

「うぐ……」


 セルビノはガックリと力なく項垂れ、もう逃げようとはしなかった。他にも生き残ったユーリの私兵や、盗賊団の面々が捕縛されていく。エーメたちも目覚めて救護活動に加わっているのが見えた。ティナが大きく手を振り、バンの方へ駆けてくる。戦いは終わったのだ。

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Dちゃんが出演しているコラボです、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
この作品だけで独立して読めます。

『Trip quest to the fairytale world』
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