七十ニ頁目
ディーの放った炎は、まるで蛇の舌先のように裂けてDを避けた。にんまりとDが嗤う。その背後では炎に炙られた正規軍の兵士数名が悲鳴を上げて地べたに転がっている。
「んもう、しょうがないなぁ。水、水〜。は〜い、離れててね〜」
「離れて戦え!」
「そっちがね〜」
「……! 雷よ!」
「曲〜がれ〜!」
ローレンツが吠え、Dが笑った。
ディーは雷を呼び、その光の筋は空気を引き裂き地面を抉る。Dの邪魔がなければ黒焦げだったであろう兵士と盗賊のどよめきは伝播し、魔術師ふたりの周囲から人間が消えた。
「っ!」
「よっ、と! それっ!」
ディーが導く術のすべてをDが黒術で弾いていく。
瞬間の攻防。ディーはDを睨みつけ舌打ちした。
「きひひひひ!」
「く……【突風】!」
「それ【静止】〜」
「邪魔を……!」
「へっへ~んだ~」
「~~っ!」
Dの挑発に、ディーがふわりと宙に浮かび上がる。腰までの長い髪と不思議な衣の長い裾が揺れた。
「空中戦? いいよ、麗筆。やろ!」
「煩い、消えろ!」
「ふふっ、遊んでア・ゲ・ル!」
◇◆◇
人狼はユーリを知らなかったが、目的の人物はすぐにそれとわかった。若く雄々しい、指導者の素質を持つ男。額に巻いた飾り布と、服の下には上質の鱗鎧、そして体格のわりに刃が長くて幅広の両手剣を彼は振り回していた。
「……貴様が、ユーリか」
「なんだお前」
「Dにした仕打ちの償いはしてもらうぞ」
「ハッ、何を言い出すかと思えば! 下らんな。死ね!」
「ガゥルルルッ!」
ユーリの両手剣が下から切り上げる。人狼の逞しい脚が地面を抉る。爪と刃のぶつかる硬質な音が冷たく響いた。
「チッ!」
「グォウッ!」
ユーリは嗤う。
リーチの差は歴然、両手剣の間合いに人狼は入れない。だがこの戦術ではユーリは消耗戦を強いられる。膠着状態で粘られればスタミナに優れた人狼が有利になる、か? ユーリは頼れる仲間の名を呼んだ。
「カーン!」
「おらぁっ!」
盗賊の頭領がユーリと相対していた人狼の後頭部を真横から殴りつけた。
二対一、いや、盗賊たちは代わる代わるにユーリの援護に回る。
数では有利なローレンツが、部下に人狼の援護をするよう指示を飛ばす。彼自身も剣を持って戦うが、なかなか盗賊の数を減らせない。
「くそ……!」
ローレンツが唸る。人狼の心中も彼と同じだった。
「くくっ! どうやら天はオレに味方したみたいだな」
人狼の藍色の耳がピクリと動いた。
剣戟の音に掻き消されて聞こえなかった、大勢が駆けてくる足音と雄叫びが、ようやく今届いたのだ。盗賊たちの歓声が上がる。ユーリの援軍の到着だ。
ユーリが勝利を確信した笑みを浮かべたそのとき、団子状態になっていた戦闘集団に切り込んでくる刃があった。
「はぁあっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐわっ」
長剣に円盾、駆け抜けざまに軽やかに盗賊ふたりの足に切りつけ転ばせ、上段からの一撃をユーリに浴びせた青年の名は、バン・ラング・ルート。
「……見た顔だ」
「こんなことになって、残念です、殿下」
重なった刃は一瞬で離れた。しかしどちらも相手から目を離さない。
「狼の人、ここは俺たちに任せて、増えた敵を蹴散らしてください!」
「適任だ。ウォオオオオオオオオ!」
人狼が大きく吠えて駆けていった。
バンVSユーリ、正規軍VS反乱軍。
戦いの場にはいつの間にか、短剣を手にしたティナや杖を掲げたアイ、そして傷ついた者が死んでしまわないように処置しているエーメの姿があった。
数の上では大したことのない増援に見えるが、黒術士のアイ、そして対人戦にはめっぽう強いバンが加勢したことで、ローレンツたちの勢いは盛り返した。
林に逃げ込んで刺しては逃げるを繰り返していた下っ端盗賊も、本職の兵士に敵うはずもなく続々と捕縛されていっている。
もう、どちらが優勢かはわからない。一方的な戦いではなくなっていた。
「調子に乗るなよ、小僧……!」
「おとなしく投降してください」
「るさい!」
バンの踏み込みを許したユーリは片手剣の間合いで戦わされていた。これでは彼の得物の威力は半減、そもそも不利な立ち位置からの中途半端なユーリの攻撃はバンに当たってさえいない。すべて円盾で受け止められていた。
「チクショウ!」
とうとうユーリは両手剣を手放した。
それをバンに投げつけ瞬間の隙を突くや、手近な兵士から予備武器の短剣を奪い取る。
「何を……」
「こいつはな、こう、使うのさ!」
自棄になったかと呆れたバンだったが、ユーリはそれを別の方向へ振りかぶった。その先にいたのは……
「にゃ?」
「ティナ!」
ユーリに体当りしても短剣を投げるのを止められるとは限らない。バンはイチかバチかでユーリの射線を遮るように飛び込んだ。着込んだ鎧は金属製、おそらく刺さりはしないだろうが、万が一バイザーの隙間から顔に刺さったら危うい。
だが、そんなことを思ったときには、バンの体はすでに動いていたのだ。
ガンッという音と衝撃。
ユーリの投げた短剣はバンの板金鎧の胸を穿っていた。地面に転がるバンに駆け寄るティナ。だが近寄ってきたのはティナだけではない。今が好機とばかりに荒くれ男の鎚がバンに迫る。
「危ない、ティナ、バン!」
「砦を築け! 【障壁】!」
エーメの悲鳴と同時にアイの詠唱が防御の術を導き出す。
ガシャンと硝子の割れるような音がして、バンの頭を狙った鎚の一撃は跳ね返された。間一髪の出来事だった。
「間に、合った……」
呆然としたアイの声。彼女自身、上手くいくとは思っていなかった。
「バン! バン! しっかりするにゃあ!」
「ティナ……無事か? ユーリは?」
「もう、馬鹿バン……」
すぐさま起き上がろうとするバンの顔に、ティナの涙が落っこちた。エーメとアイもふたりの側へ駆け寄ってくる。
「ユーリ、向こうに逃げた。追う?」
「追うさ」
「待ってください、バンさん。あっちは何だか嫌な予感が……」
「ダメだ、あいつは自分で部下を指揮して状況をひっくり返そうとしてる。俺から逃げたのはつまりそういうことだ。だから、早く追わなきゃ……奴に部下を持たせたらさらに手強くなる!」
「でも……!」
アイはさらに食い下がる。
バンが窘めようとしたとき、ユーリの援軍がいる辺りの大地がいきなり大爆発を起こした。
「なっ……!?」
魔術攻撃か、それとも火薬兵器か。
バンが立ち上がったとき、反乱軍のまとまっている場所に、触手を生やした灰色の小山のような、名状しがたきナニモノかの大きな姿があった。





