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六十六頁目〜動き出した計画〜

「妙だな」


 とユーリが呟いたのは宴席の用意が着々と整い始めた夕刻だった。彼の腹心の部下であるガイウスの到着が遅れていた。


「どうした、ユーリの大将」

「いや、何でもない。少し、部下たちの様子を見てくる」

「ああ。案内はいるかい?」

「必要ないよ」


 ユーリは紫色の目を細めて笑顔を作ると、盗賊たちの根城を後にした。状況は良くない、だがそれを彼らに悟られるわけにはいかない。根城に背を向けたユーリの表情は険しかった。

 

「ガイウスから報告は?」

「殿下。いえ、何もありません」

「そう、か」


 無理やり山中に留め置いていた私兵たちの野営地を訪れたユーリは、挨拶しようとする部下を片手で制しすぐさま本題へ入った。返答は芳しくない。


 あのガイウスが時間に遅れるのに連絡も寄越さないということは、かなりの緊急事態だとユーリは確信していた。もしかするとつけてやった部下共々動けない状態にあるのかもしれない。


 まさか、いくら“災厄”を連れていたとはいえ魔力を奪って身動き取れない状態にしてあったのに、ガイウスほどの手練れがやられてしまうとは考えにくい。となれば、王室関係だろうか。


(親父に勘づかれたか、それともあのババアが何かを見つけたか?)


 クロワとの橋渡しであったユリアが消えてからというもの、シンティア妃は理由をつけては何度も何度も隣国に足を運んでいる。今回は確か、飢饉のための支援だったか。事件の隠蔽は完璧のはずだが、しつこい祖母が何か証拠を手に入れたのかもしれなかった。


(それともまったくの別件か。ガイウスにいったい何があった? とにかく情報を手に入れなければ……)


 このままではせっかく得たディーという武器も無駄になってしまう。ユーリが老王の盤面を崩すためには、警戒されずに城内に入れる今の立場が絶対に必要だ。


「今すぐ誰か適当な者をオレの屋敷と王都へ向かわせろ。情報が欲しい」

「はっ。山歩きに慣れた者をすぐに編成します」

「それと、明日は王都に向けて発つ。伯爵に先触れを」

「はっ。お預かりする物はありますか」


 問われてユーリは服の袂から封をした書簡を取り出した。


「これを。……他に変わったことはなかったか?」

「いえ、異常ありません。負傷者も病人もいません」

「ならいい。オレはもう戻る」

「お送りいたします!」


 ユーリが部下を連れて盗賊たちの根城に戻ったとき、日は暮れかけていた。篝火を前に、今日も酒宴が開かれる。主賓はもちろんユーリだ。部下を帰し、彼らの輪に加わる王子。野営続きの中でも、粗野な盗賊に囲まれていても、気品あふれる振る舞いだ。


 だが、作り笑顔で酒盃を受けていたのも最初だけだった。盗賊たちに酔いが回って、余所者であるユーリへの注意が逸れてからは、ひとり金杯に注がれた葡萄酒を回しながら考え込んでいた。


(やはり、ドランゴ卿の館を軸に、さっさと城を攻め落とすのが良いか。ジジイさえ消してしまえば、後はどうにでもなる。最大の障害であるババアが国外にいる今がチャンスなんだ! ガイウスさえ戻っていれば、今頃は……!)


 ユーリはギリリと歯を噛み締めた。

 そうとも、ディーと盗賊団の有用性を存分に確かめた今、ガイウスさえ予定通りに戻ってきていればすぐにでも取って返して城はおろか王都カクタスそのものを火の海にしてやれたものを!


 ユーリ自身も親ユーリ派の貴族たちも、拠点は王都から離れた場所にある。大きすぎるマティアスの影響を振り払うためにも、先日の災禍で半分瓦礫になった王都は打ち壊してしまった方がいい。どうせ玉座を手に入れてから数年は、隣国のクロワや都市国家の集まりであるソルレト同盟を平定(・ ・)するのに忙しいのだ、その間にどこかよそに大きな都を作らせよう。


 ユーリの妄想は止まるところを知らない。

 だが、結局はその計画もすべて絵空事、ユーリの頭の中にしかない。右腕なくして大きな計画を進められるはずもなく、焦りが心をざわつかせていた。


(あいつがオレを裏切るはずがない。来られないだけの理由があるんだ。いったいどういう理由なんだ? 無事でいればいいが……)


 ユーリは腹心の部下の身を案じて杯を呷った。


 それはそれとして、ユーリにはまだやるべきことが残っていた。すでに彼の中では決定事項なのだが、王都への進軍に必要なディーは盗賊たちの持ち物なのだ、貸し出してもらえるよう交渉しなくてはならない。ユーリは立ち上がり、盗賊の頭であるカーンの下へと足を向けた。


「カーン」

「よぉよぉ、ユーリの大将! 飲んでるかぁ?」

「ああ。楽しませてもらっているよ」


 カーンの禿頭は酒で赤らんでいたが、その眼はまだ曇っていなかった。ユーリは彼の吐いた息に顔をしかめてしまわないように気を張った。


「カーン。ディーのことなんだが、あれはとても良い拾い物だったな。見せてもらった術にもとても満足している」

「おお、おお、そりゃあ良かった!」

「それでだ、その力を見込んで、前々から立てていたあの計画を前倒ししようと思うんだ」


 ユーリはキッパリと言い切った。

 その言葉に、盗賊の頭領カーンはぎこちなく体を動かして座り直す。


「……いつだ?」

「明日の朝だ」

「なっ、おいおい、冗談だろ〜?」

「いいや、本気だ。急な話ではあるがな。ディーとセルビノを貸してくれ、まずはそのふたりを連れて移動するだけだ。お前たちには後から合流してもらう」

「なんだ、襲撃すんのはまだ先か……」


 カーンは安心したように息を吐き出した。しかし、そうとなると途端に狡そうな顔になる。


「セルビノのヤツを貸すのは良いが、もちろん、賃料は移動の期間も含めてもらうぜ?」

「ああ、もちろん言い値で払う。……いや、もう金貨でいくらとかそういう小さな話はやめにしよう! オレたちは仲間だ、カーン。同志だ!」


 ユーリは両手を広げた。

 そのまま立ち上がり、自分を見つめるいくつもの目に満足し、笑みを深くする。杯を差し上げ、さらに熱を込めて声高く叫ぶ。今やここはユーリの独壇場だった。


「そう、今の政治体制を打ち壊して、オレが王になる。これからは強い者が支配する時代になるんだ! そうしたらお前たちはどうだ? 金でも土地でも女でも、何でも好きに手に入る! 貴族にだって取り立ててやる!」

「お、俺たちが貴族に……!?」

「そうだ! 望めば大臣だろうが大商人だろうが、何にだってなれるぞ。オレと一緒に天下を取れ! 戦い、殺し、火を放て! 進軍だ!」

「おおおおお〜〜〜! ユーリ! ユーリ! ユーリ!」


 男たちは共に拳を突上げユーリの名を叫ぶのだった。

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Dちゃんが出演しているコラボです、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!
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『Trip quest to the fairytale world』
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