四十九頁目
「いってぇええ〜〜〜! なにしやがる、このバカ!」
「やぁん、変なトコ触んないでぇ〜」
土砂の真ん中でふたりは折り重なるようにして倒れていた。もちろんヴァイゼルが下だ。Dをどかせて自分も立ち上がろうとするヴァイゼルだったが、少女の体はどこもかしこも柔らかく、ビミョウな位置に触れてしまったかDからわざとらしい抗議の声が上がる。
「…………」
「バカ!」
「いってぇ!」
それならばと、調子に乗って触っていると、次は警告なしに平手が飛んできた。頬をさすりながらヴァイゼルが起き上がったとき、彼は自分たちが見慣れぬ屈強な男たちに囲まれているのに気がついた。男たちの統一された装備、任務中の軍人のような冷静な目から、まさか賊とは思えない。ヴァイゼルはおとなしく敵意を持たないことを両手を上げることで示して見せる。
だが、Dはそんなものお構いなしにホットパンツに付いた土埃を手で払うと、媚びを売るような笑みを浮かべて彼らの前に躍り出た。
「はぁい、お兄さんたち! 私たち、薬草採取に来たんだけど、見ての通り落っこちちゃったの~。お邪魔するつもりはないから~、帰らせてもらってい~い?」
「…………」
「返事がないってことは~、いいよってことなのかなぁ~~?」
「無理じゃね?」
ヴァイゼルが冷静に指摘する。
男たちはふたりの腕を掴むと、無言で歩き出した。
「いや~ん、乱暴されちゃあう」
「おい、クソ、離せよ! この紋章見えるだろ? 王子サマのだぜ? 俺とコイツを殺すと牢に放り込まれるくらいじゃ済まねぇんだからな!」
虚勢を張るヴァイゼルに男たちは耳を貸さない。何の変哲もない森の中を歩いて行くと、まったく同じ格好をした集団に行き当たった。行軍中だったのを停止したのだろう。雑然としたありさまだ。
(ティナちゃんの言った通りだね~)
Dはふむふむと頷く。
見てはいけないものを見てしまった者の末路は悲惨なものと決まっている。ましてやユーリほどの男が目撃者であるDたちふたりを逃すわけがなかった。
(あ〜〜ん! 私ってば、ユーリにどんなヒドイことされちゃうのかな〜〜? あ〜んなこととか〜〜、こ〜〜んなこととか〜、あ〜れ〜、助けて麗筆ぅ〜!)
などと、Dが至らない妄想に浸っている間にも事は動いていた。ユーリとその側仕えの男を前にして、Dの腕を掴んでいた男たちと、ヴァイゼルを引きずっていた男たちの進路が別れたのだ。
「はぁっ!? おい、ふざけんな! 離せ!」
Dと引き離されると分かった瞬間、ヴァイゼルは暴れだしたが、すぐにユーリの私兵に制圧されていた。おそらく、殺されることはないだろう。
「離せっ! くそっ、D! D〜〜〜!!」
「んもう、うるさいヤツ〜」
Dはヴァイゼルの方を振り返りもしなかった。心の中で小さく舌を出してしかめっ面を作る。彼の必死の叫びも何のそのだ。
「ボーイフレンドとの仲を邪魔してしまったかな」
「あ、ユーリぃ〜!」
「やぁ、レイヒ。また会えて嬉しいよ」
「や〜〜ん、Dちゃんって呼んでってばぁ〜! ヴァイゼルとはそんな関係じゃないんだから、誤解しないで〜」
ユーリの良く通る低く甘い声に、Dは体をくねらせた。目当ての王子様を前に早くもぶりっこモード全開である。とはいえ、精悍な甘いマスクにしなやかな筋肉の乗ったバランスの取れた肢体、声だけでも女を蕩かせる美声なのだ。若い女で、彼に夢中にならない方がどうかしている。おまけに本物の王族とくれば、まさに「愛されるために生まれてきた」男だと言っても、過言ではない。
そんなユーリは、今日は戦士らしく身体にピッタリとフィットした革鎧と鉢金代わりの飾りベルト、かなり使い込んでいる短弓で武装していた。鍛え上げられた鋼のような肉体も、どこか深淵を思わせるような紫水晶の瞳も、どちらも年齢に不相応に研ぎ澄まされている。
完璧すぎる彼の、アンバランスといえばアンバランスな点がそこだった。
(んふふ、ワルイ男って大好き〜〜! いったいどんな事を企んでるのかしら〜〜? 全部ぜ〜んぶ知りたいけど、麗筆の魔力を回復させるのと、どっちにしようかなぁ)
ユーリに抱き寄せられ、無垢な乙女のように頬を染めながら、Dの心は揺れ動いていた。麗筆の無事を確かめるのか、自分の欲求に正直にあるのか。
ユーリの企みを知りたいならば、彼について行かなくてはならない。そうなるとソーマの木の捜索はお預けだ。それに、ユーリの父親の客人だと主張するヴァイゼルの魔力結晶を奪うのは、正当な理由があっても難しくなるだろうし、麗筆のことは先送りになってしまう。
しかし、麗筆を助けることにしたとして、ここでユーリを振り切るのも難しい。目撃者を何もせずに帰すほど彼は甘くないだろうし、それに何より……
「次は逃さないと言っただろう、レイヒ? このままオレの屋敷に行こう。君のための部屋はもう、準備できてるんだ。オレの子を、産んでくれるね?」
「ええっ、それって、私をお嫁さんにしてくれるってこと〜?」
ユーリは微笑むと、Dの手を取り口づけた。
「オレのものになってほしい、レイヒ」
「ユーリ……」
見つめ合う美男と美少女。鬱蒼とした山の中、くたびれ切った兵士に囲まれと、感動的なプロポーズと言うにはいささか場所に華がないが主役の二人は輝いている。
ほんのりと頬を染めたDは、自分の手を取るユーリの大きな手にそっと掌を重ねた。
「嬉しい。でも、ごめんね? 子どもを産むとか育てるとか、そんなに長〜い期間、一緒にいようと思うほどの興味があなたに対して持てないの」
「…………」
笑顔でDはそう告げた。まさか断られると思っていなかったのだろう、ユーリは何を言われたのかわからないといった表情になった。しかし、それも一瞬のこと。ユーリはフッと笑った。
「ふっ、ははっ。あはははははは!」
天を仰いで高笑いする王子様。その掌の中にはまだ“災厄”の細い指があった。ユーリはそれを潰さんばかりに握りしめた。





