四十ニ頁目
Dは「やっぱりね!」と言いつつも、内心唇を尖らせていた。まったくの自然体でここまで女の子を寄せ付けるバン。まだ純粋な彼だが、どうせいつか堕落するなら、Dこそが彼にとっておきの快楽を与えてあげたいのに、と。
「も〜〜、モテモテなんだから! バンのカノジョになったら、毎日ヤキモチ妬かなくちゃいけなくって大変そう!」
「えっ? えっ、それってどういう……」
「んふふっ。それじゃ〜、麗筆を探して、バンの新しい仲間に紹介してもらお〜と! 行こう、バン!」
「あ、うん」
意味深なセリフでバンの心を翻弄しながら、Dは走り出していた。
(麗筆、応えて麗筆。いま、どこにいるの?)
しかし答えは返ってこない。Dは首を傾げた。よほど遠くまで来てしまったのだろうか。念じてみても麗筆の気配は読み取れなかった。
「……やだ、どこに行っちゃったんだろ。麗筆、麗筆〜!」
「はぐれちゃったのかい、Dちゃん」
「そうみたい……。私が悪いの、麗筆を置いてっちゃったりしたから……!」
「待ちあわせ場所は? 決めてなかったのかい?」
並走して声をかけてくるバンの言葉にDは黙って小さく首を振った。そんなこと、思いもつかなかった。
「よし、じゃあまず、俺の仲間と合流しよう。それから“庭”のカウンターにレイヒさんの特徴を伝えて、探してもらおう。大丈夫、向こうも探してるはずさ」
「う、うん……」
Dは思わず自分の背中を振り返っていた。そこには自分の本体であり、今の麗筆の依代である呪文書がある。魔力で練ったあの体で、動けなくなるほど消耗するような間抜けな真似はしないだろうし、もし仮にそうなってしまっても、ボディを棄てて戻ってくればいいだけの話だ。
(大丈夫だよね……。麗筆、帰ってくるよね……)
後ろ髪を引かれる思いをしつつ、無駄に走り回るのをやめ、バンの言葉に従うDだった。
◇ ◆ ◇
壁が全損した“庭”では、青空市ならぬ青空酒場が開かれていた。汗水垂らして働いた男たちへの労いなのか、若いお姉さんたちがジョッキを運んでいる。とはいえ、お触り厳禁なようで、触る前からぶっ飛ばされていた。
「賑やかだね〜」
「まぁね。……騒いでなきゃ、やってられないよ」
その厳しい横顔に、Dは何も言えなかった。カウンターを目指していた二人だったが、それより先に声をかけてくる者がいた。Dも知っている、バンの仲間のティナとエーメだ。
「バーン、こっちだにゃ〜〜!」
「……バン、遅い。干物買うのにどこまで行ってたの?」
「おかえりなさい、バンさん。ジュースなくなっちゃったので、注文お願いしますね」
立ち上がって大きく手を振るのは、小柄ながらお元気娘のティナ。赤毛の三つ編みお下げに、日焼けしたむき出しの手足が眩しい。言葉遣いが特徴的な野伏せりの少女だ。
続いてボソボソとした喋り方でバンにお小言をぶっているのはエーメ。明るい茶色のふわふわした髪の毛を肩の辺りで切っている。いつも眠そうな紫色の瞳をしたこちらも小柄でほっそりした療術士の少女である。
三人の少女たちは宴会の途中のようで、すでに空いたジョッキや品数の減った皿がテーブルの上に所狭しと置かれている。干物やらビールやらそれぞれ好き勝手言っていたが、特に新顔の黒髪の少女には遠慮がない。
「あれっ、もしかして……」
「あっ、あなたは!」
Dには彼女に見覚えがあった。そして彼女もDを知っているようである。白い肌は見違えるほど血色が良く、黒い艷やかな髪は動きやすいようにかポニーテールにまとめられている。今は高級ドレスではなく、探索者がよく着る、丈夫な布を使ったスッキリしたデザインのツーピースだった。
「おっぱいの綺麗な子!」
「わたしを助けてくれた人!」
互いに相手の存在を覚えていたが、どうにもその認識には食い違いがあるようだった。Dが覚えていたのは、ドレスを破られてあられもない格好になってしまっていた彼女の胸だけだったのだ。そのドレスも、どうにか繕ってやったのは麗筆だった。黒髪の少女はキョトンとした表情になった後、赤面してちょっと怒ったように咳払いして先を続けた。
「わたしの名前はアイリスガル・ガルム、アイと呼んでください。……あの、わたし、あなたに助けられたことがきっかけで、探索者になったんです! あのときは本当に、ありがとうございました!」
ぴょこんと頭を下げるアイ。Dは戸惑い、急いで彼女に頭を上げるよう言った。
「わ、わっ、ダメダメ、頭を上げてよ! 貴女を助けたのは、私じゃないの!」
「何を言っているんですか! わたしはあのとき、確かに意識は朦朧としていましたけど、あなたの姿は覚えています。じい……執事からも聞きました!」
「それは〜〜、私だけど私じゃないって言うか〜〜。ん〜〜、何て言ったら良いんだろ〜〜!」
頭を抱えるDに対し、アイたちは首を傾げていた。
「にゃんかわからんけど、とにかく飲むにゃ!」
「……バンの命の恩人、なんでも注文して」
「えっ、いいの〜? やったぁ! 説明が面倒だから麗筆が来てからにしよ〜と。私のことはDちゃんって呼んでね、アイちゃん! あのときのことは、また後で詳しく説明するから!」
「わかったわ。よろしくね……Dちゃん」
「えへへへ!」
そんな女性陣の声を背中に聞きながら、バンはおとなしくカウンターでジュースを注文し、買ってきた干物を袋から出し、ついでに自分のためにもいくつか料理を注文していた。
「いいんだ、別に。誰も俺のことを気にかけてくれなくたって……」
「まぁ、飲めや」
「ありがとう、マスター」
男たちは静かに乾杯した。





