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彼らにとって創造王マティアスと言えば、彼らの暮らすオーヴォ大陸を創った偉大なる王であり、七十を超えて尚この王国に君臨する統治者であり、若き頃は勇者であった彼の武勇は剣槍だけでなく魔術においても語り尽くせない。まさに伝説の人物なのである。
彼らのほとんどが幼い頃から勇者マティアスの伝説を寝物語に育ち、彼の騎士になることに憧れて剣を取った。腕を磨き礼節を学び、そして王孫であるユーリの下で働いている。
血の気の多く喧嘩っ早い彼らの前で、敬愛する国王陛下の尊名を呼び捨てにしてその怒りを買わないわけがなかった。ユーリとは別の馬車に乗せられたDへ向けられる視線には棘があり、終始ピリピリした空気だったが、そんなものまるでお構いなしに彼女は上機嫌だった。だが。
「魔女め……!」
浴びせかけられた悪意にDはハッと振り向いた。
しかし、鎧に身を包んだ男たちは誰もが彼女から顔を背けていた。誰がその言葉を口にしたのかも定かではない。
『穏やかじゃありませんねぇ』
二人が「魔女」という単語にこれほど敏感になる訳は、実際に裁判にかけられ「魔女」だと判断されれば死刑に処されることになるからである。
「魔女」とは。
潤沢な魔力を持ち、魔術の才に長け、何よりその能力によって人心を操る術を持つ者を言う。
つまり、麗筆もDもしっかりバッチリ当てはまっているのだ。
それどころか、「魔女」が害悪とされる一番の理由である、「人心を操る」という部分こそ彼らの得意な分野であり、悪意を以てそれを為す彼らは、まさに処刑に値する者であった。
(ヤバそうだったら、マティアスに会って即行で帰ろうね~)
『そうですね~~』
自覚があるだけに、二人の決心は早かった。
(まぁ、早々「魔女」判定なんて下りないと思うけどね!)
『ですよね!』
Dは艶やかな桜色の唇をにんまりと吊り上げて笑った。
◇ ◆ ◇
「この魔女め、正体を現せ!!」
「えええええ~っ!?」
Dが連行されたのは、広々とした謁見の間だった。整列する白亜の柱、敷かれた真紅の敷物は途切れることなく玉座へ続き、その背には壁にはめ込まれた精緻なモザイク画でもってオーヴォ大陸の鳥瞰図が示してあった。頭上と明かり取りの窓は、こちらも手の込んだステンドグラスが王家の歴史を描き出している。
空の玉座の前でDを糾弾しているのは、若いとは言えない中年の文官らしき男だった。人差し指を突きつけ、厳しい表情で男は続けた。
「今回の地震、宮廷魔術師たちの調査で魔術によるものと判明している。震源地の上空を飛んで逃げていった目撃証言を考えてもお前が犯人に違いない!
それと、孤児院に火を放ったのもお前だろう。中で何人死んでいるかは現在調査中だ。D・レイヒと名乗っているようだが、父上……陛下の話ではレイヒという魔術師は男! お前はいったい何者なんだ!」
「う……ううう……!」
男の指摘は実際に大当たりだった。
だがまさか、それを認めるわけにはいかない。Dは自分を庇うように両手を顔の前に持ち上げながら、苦しそうな声を出した。
「そ、それは……」
「それは?」
「ま、マティアスに会えばハッキリするもん!」
「……陛下は今、お散歩中だ」
「じゃあ、帰ってくるまで待ってる!」
「……良いだろう。では、その間この地震で引き起こされた損害額と、放火と殺人の罪で何年服役することになるかの話をしようか」
「ひぇええええぇん!」
このままでは実際にやってしまった罪で投獄されてしまう!
Dは慌てて心の中で麗筆に助けを求めた。
(麗筆ぅ! どうすればいいのぉ~~~?)
『ぼく、中庭にいるマティアスに会ってきますね。では、頑張って』
(裏切り者ぉ~~~!)
こういう時、肉体を持っていないのは便利である。Dの背中の鞄に括りつけられた呪文書からスルリと抜け出した麗筆の意識は、誰にも見咎められぬまま謁見の間を後にした。
残されたDは、槍を突きつけられながら、おそらくマティアスの息子だろう、オデコが特徴的な中年の男にネチネチと苛められることになるのだった。
(もう、サイッテーーー!)





