三十四頁目
トリッシュの死体を前に、沈黙を守っていたDが笑い出す。
『きひひひっ! スカッとした、麗筆ぅ?』
「ええ、まぁ。まるで正義の味方みたいではありませんか? ぼくってこういうの、向いているんじゃないかと思えてきましたよ」
『あ、それは無理。正義の味方って地道に証拠を集めるか、現行犯襲撃が基本だから。この場合は言い逃げされちゃう』
「ええっ? ……ではやはり、ぼくは悪の魔導師で良いです。その方が楽です~」
『だよね~!』
早すぎる諦めの言葉を口にしつつ、麗筆は音の消えた孤児院の中をひとり歩く。目指すは……。
◇ ◆ ◇
部屋の中の子どもたちの姿は無惨と言う他なかった。
院長が今夜の宴のために集めたのは、男も女も揃いも揃って残虐趣味のクズばかりだったのだろう。物言わぬ骸と化した子どもたちの体はどれも、痛々しい傷と血に塗れ、欠損していない部位のないものはなかった。
麗筆は彼らを無表情で眺め、そして瞑目した。
「……原初の白き龍よ。世々の命を造り賜いしものよ。この躯を土に還し、その魂を“永遠の円環”に、迎え入れたまえ。ここにひとつの旅が終わり、また新たなる旅が始まるだろう。
汝、旅人よ。汝にしばしの休息が与えられんことを。すべてを忘れ、今はただ、眠りたまえ」
ゆるやかに紡がれる祈りは朗々とうたい上げられ、麗筆の両の手が天に向かって差し伸べられる。子どもたちの体は塵と化し、光の粒となって消えていった。
『綺麗ね。この子たちも、麗筆が仇を取ってくれたからきっと喜んでるよ』
「…………」
『どうしたの? この子たちのために怒ってたんでしょ? 麗筆は立派だったよ。それとも、間に合わなかったから悲しいの?』
「D。人間はね、死んだら終わりなのです。死後に何かされたって、それは生きている人間の自己満足であって、彼らには何の影響もないのですよ」
『えっ、でも……!』
「ぼくはですね、D。ぼくはただ、あの院長たちが息をしているのが気にくわなかっただけなのです。我慢できずにやってしまいました」
『そっか。我慢できなかったんならしょうがないよね!』
Dのフォローに麗筆はふっと微笑った。
「ここは火で清めましょう」
『お~、いいね~! レッツ放火!』
「人聞きの悪い……」
かくして無人の孤児院は火に包まれた。焼け落ちていく館。麗筆は赤々と燃えるそれを見て、ほうっと息を吐いた。
「さて……行きましょうか」
『うん!』
しかし。
孤児院から出てきたとき、麗筆はすでに周りを取り囲まれてしまっていた。
突きつけられる槍の穂先に目を見開く麗筆。
だが、その槍衾はすぐさま開かれた。兵士の壁を割るようにして現れたのは、黒い甲冑を身に着けた大柄な男と、それに従うようにして歩み寄ってくる若い優男だった。
彼らの関係は優男が従者のようにも、甲冑の男が護衛のようにも見える。麗筆は無言で彼らの出方を待った。
『やだ、イケメン!』
(しっ、黙って……)
そのイケメン、もとい軽装の若者は、艶やかな茶色の髪に金のコインを繋げた飾りベルトを巻いていた。その下に輝く双眸はアメシストのよう、髭のない若々しい肌、甘いマスクと異国風のはだけた上着から覗く引き締まった体つき。女に不自由しない男にしか出すことのできない色気を身に纏っている。
彼はさらに一歩を踏み出し、気安げに笑顔を振り撒いた。
「やぁ、どうも。初めまして。オレの名前はユリウス、気軽にユーリと呼んでくれ。オレの祖父にしてこの大陸全土の主、栄えあるケテルの王マティアスからの命で君を連れにやって来たんだ」
「そうですか、あのマティアスの……」
ユーリは一瞬、驚きに目を瞠った。
まさか偉大なる創造王の名を呼び捨てにする者がいるとは思わなかったからだ。しかも、目の前にいるのはまだまだ成人とは言い難い少女である。
しかしそんな隙のある表情を浮かべたのもその瞬間だけのこと。すぐにいつもの余裕ある微笑みを取り戻し、ユーリは少女に手を差し伸べた。
「まぁ、そういうわけで、一緒に来てもらおうか。しかし、まさか“災厄”がこんなに可愛いお嬢さんだったとはね」
まるでエスコートするときのように麗筆の腰に腕を回しつつ囁くユーリ。“災厄”呼ばわりに麗筆が思わず反論しようとしたとき、それはもう麗筆の唇に重ねられていた。
「んっ!?」
ユーリの舌が麗筆の唇を割るようにしてねじ込まれ、好き勝手に暴れ、舐め回し、吸いついて口の中を蹂躙した。
(ひぃぃぃいっ!? D! D、代わって……代わってください! 今すぐ!)
『え~~~? どぉしよっかな~~~?』
泣きそうな麗筆の心の声に対し優越感を発揮したDだったが、ユーリに抱き寄せられ熱烈なキスをされていた麗筆の膝からガクンと力が抜けたのを感じ、急いで入れ替わった。
「おっと。お嬢さんには刺激が強すぎたかな? だがこの魔力量、この美貌……残念、お祖父様のお呼びでなけりゃすぐにでも屋敷に連れて帰ったのに。けど、次に会ったときは逃がさないよ、レイヒ」
腰砕けの麗筆を甲冑姿の護衛に預け、ユーリは最後に一度大きく音を立ててキスを落とすと、悠々と去って行った。槍の兵士たちも続々と馬車に乗り込んでいる。
ユーリの後ろ姿を見送ったDは……
「かぁ~~~っこいい~~~」
すっかり目をハートマークにしてしまっていた。
『何が格好いいものですか! 初対面でいきなり、あんな……変態です! 許せません!』
(そんな~~! イケメン無罪だも~~ん!)
『僕は許しませんよ、D! 絶対に……絶対にです!!』
怒りの声を上げる麗筆であったが、もちろんDはそんなこと聞いてはいないのだった。





