十九頁目~とある受付嬢の勤務記録~
わたしの名前はマリエル。オルキダの町にある探索者の“庭”で、依頼斡旋窓口の受付嬢をしています。
わたしが“庭”に勤め始めて三年、乱闘いざこざ多々ありましたが、概ね平和に過ごしています。何だかんだ言って、魔物に襲撃されて壊滅的な被害を被ったことはありませんしね。
一般の方々から見れば刺激的に見えるこの仕事も、数をこなせば慣れてしまうわけでして、最近は「何もない」ことが日常になっていました。ですから、「珍しい」ことが起こると私たち内勤では、その話題で持ちきりになるわけです。
ここオルキダから直接王宮へ奏上することなんて今までありませんでしたもの。しかも報告書ですらなく、手紙ですからね! 所長の手が震えて書けなかったから、わたしが代筆したんですよ。
「ね~、マリエルがその子の受付したんでしょ~? 実際に見てどうだった? 陛下に似てた?」
「ん~~~!」
「似てる」と言っても「似てない」と言っても、後々やっかいな事態を招きそうなので、明言は避けておきます。そんなつまらなそうな顔をされても、こればっかりは!
「かなりの美少女であることは確かでしたよ。」
心の中で舌を出しつつ、「ちょっと変わった子でしたけどね」と付け加える。雪のように真っ白な髪に透き通るような白い肌、そして印象的なサファイアブルーの瞳。本当に生きたお人形さんみたいに完璧な造作で、「天恵ってこういうことを言うんだなぁ」と感じました。
でも何よりもわたしの記憶に残っているのは、彼女との会話です。あの可愛らしい声で、年齢に見合わないあの物言い!そりゃあ、年頃の女の子ですもの、「汚れたり臭くなったりしない楽な仕事をしてカッコイイ男の子と仲良くなりた~い」なんて子もたまにいます。……たまに、ってことにさせてください。
どこにでも、そういうショコラよりも甘い考えのお子ちゃまはいるものです。わたしたち受付嬢だって、もしもの事があったときに人々を避難させたり隣町へ助けを呼びに行くために訓練をさせられるんですよ。自分の分の飲み水を抱えて寝ずに歩き詰めの山越え! 馬鹿じゃないんですかね? 死ぬかと思いました。
そういう経験をしたわたしだから言えます。
『探索者を舐めるな!』
でも、Dちゃんのアレな言動は彼女たちとはまた違うような気がするんですよね……。
「大変! 新人くんたちが大快挙よ、《女王蜘蛛》の変異種をひとりで倒しちゃったんだって!」
「なんですって!」
「すごい……!」
◇ ◆ ◇
思わず窓口を離れて一階に降りると、人垣の中に件の青年がいました。確か、バンという名前だったはず。なかなか見所のある青年だとは思っていましたが、そうですか、彼が……。
彼自身は対人に優れた剣士で、魔術の心得はありません。単独での戦闘だけでなく連携技術も悪くない、取り立てて欠点のない人物です。それどころか人徳は素晴らしいです。連れている仲間二人の特技もまさにお手本通り、選択肢の少ない新人にしてみたら、かなり良いスタートを切っているグループと言えます。
しかし、本当に彼単独であの《女王蜘蛛》を討伐できたのでしょうか。わたしにはそうは思えません。見る者が見れば分かりますが、彼の装備はお手本通りすぎます。わたしが疑っていると、バンさん本人から否定の声が上がりました。
「だから、俺じゃないんです! 全部Dちゃんがひとりでやったんですってば!」
「またまた~。オルキダにそんな探索者なんていないって」
「だったら、ここの探索者じゃないかもしれない。でも、あの腕前は本物だ……彼女はあの姿で、凄腕の黒術士なんです」
大きな笑いが上がりました。
それは単純に彼を馬鹿にするものだったり、「謙遜するにしても下手すぎる」というようなニュアンスだったりしました。そんな嘲笑の渦の中で、バン青年と彼の仲間は黙って耐えていました。
でも、わたしには分かりました。彼が正しいと。Dちゃんの、彼女の言っていたことは全て事実だったのだと。
わたしが声を上げようとしたとき、急に音を立てて表のドアが開きました。物々しい装備と雰囲気を纏った男たちがなだれ込んできて、あっという間にわたしたちを取り囲みます。カウンターの裏や備品室やお手洗いまで検めると、その中のトップらしき男が頷き入口に合図をしました。
少しでも動けば刺し殺されそうな空気でした。それを破るようにゆったりとした足取りの靴音が室内へ踏み込んでくると……、主に女性陣が息を飲む音がそこかしこから聞こえてきました。
「やぁやぁ、部下たちが失礼したね。だが、これも決まりなものだから許してほしい。オレはユリウス、気軽にユーリと呼んでくれ。我が祖父であり栄えあるケテルが国王、創造王マティアス陛下の命により探しに来たんだ……“災厄”を」
細いながらも均整の取れた長身のユリウス殿下は、印象的なアメシストの瞳を巡らせました。明るい茶の髪が揺れると、ふわりと芳い香りが広がった気がします。
しかし、“災厄”とは……。
「レイヒ。D・レイヒという人物を誰か知らないか? オルキダの“庭”からの手紙を読んだ陛下から連れて帰るように申し伝えられている」
「……Dちゃん」
「おや。何か知っているのかい? 詳しく聞かせておうか……そこの喫茶店で何か飲みながらゆっくり、ね」
「は、はい……」
咄嗟に今日穿いてきた下着がどんなものだったか思い出せませんでした。いや、それより何より、背後の恨めしい視線が痛いです。明日、お休みできないかなぁ……できないでしょうね……。





