十六頁目
耳が痛いほどの静寂が辺りを包み込んでいる。風がさあっと渡り、バンは我に返った。
「なんだ……? 今、なんか……。おわっ!?」
バンの真横に落下してきた大鷲が、嘴から刺さる。気づいていなければ足の甲にデカイ穴が開いていたことだろう。バンはホッと胸を撫で下ろした。
すぐ側にいたはずのDを見ると、彼女は両手で膝を抱いて蹲っていた。
(よっぽど蜘蛛が怖かったんだな)
笑ってしまってはいけないのだろうが、微笑ましさからついついバンは笑顔になってしまう。抜きん出た実力はあっても、こういうところはまだまだ女の子なんだな、と思う。バンはDの隣に行き、片膝をついて肩に手を置いた。
「大丈夫かい? えっと、今のも君が……Dちゃん、がやったのかい?」
「…………」
「すごいな……。とにかく、蜘蛛はもう動かないよ」
「……っ、バン~! 怖かった……怖かったよぉ! え~ん!」
「おっとっと。よしよし、大丈夫だから」
いきなり抱きつかれてバンは少しバランスを崩しかけたが、ちゃんとDを抱き止めた。震えて涙を流す彼女は、まるで普通の女の子だ。とても先ほどまで驚異的な魔術を操っていたようには見えない。
ガントレットで怪我をさせてしまわないようにそっと触れ、宥めてやっていたのだが、そんな中、バンは急に仲間の存在を思い出した。
「……あ、いっけね、あいつら忘れてた!」
「ふぇ?」
「ごめん、Dちゃん。あの糸に絡め取られた仲間がいるんだ、一緒に来てもらってもいいかな?」
「うん。わかった」
澄んだサファイアからこぼれる雫を人差し指で払い、Dはにっこりと微笑んだ。
◇ ◆ ◇
バンとDは蜘蛛の破壊の跡を辿っていった。バンの仲間のティナとエーメは、襲撃を受けてすぐに大蜘蛛の吐いた糸に絡め取られてしまったのだという。二人の安全のために大蜘蛛を遠くまで引き付けたまでは良かったが、それきり戻れずにいたのでバンは焦っていた。
「二人とも短剣くらい身につけてるとは思うが、最悪……くそっ!」
「バン、きっと大丈夫だよ!」
走りながら叩きつけたバンの拳が太い枝を折る。Dは心の中で麗筆に話しかけた。
(ねぇ、麗筆。バンの仲間は生きてると思う?)
『さぁ~? さっきのDが放った黒術がトドメになって死んでいるかもしれませんよ。何と言っても周囲百マイルにいたウサギ程度の小動物は皆、死んでしまいましたからね』
(んっ……!)
『まさか虫が苦手だったとは。知りませんでしたよ、D。他人には嬉々として体中を這い回る幻影を見せていたというのにね』
(それは! だって、知らなかったんだもん……)
『では、今度からはちゃんと「知っていて」けしかけられますね~』
(わ~い、性格悪~い!)
などと漫才をやっている間に目的地に着いてしまった。
「エーメ! ティナ! しっかりしろ、二人とも!」
倒木の間には拠点としていたであろうテントや他の物資の残骸が転がっている。その中に、人間大の蚕の繭のようなものが二つ落ちており、切り裂かれたそれらの側には少女と言って良い年齢の二人が倒れ伏していた。
「エーメ!」
バンがそのうちのひとりを抱き起こす。肩の辺りでカールした、明るいふわふわの髪が揺れる。要所要所をプレートで保護した軽装鎧に包まれた小柄な少女エーメは、バンの呼びかけにうっすら目を開けると、その紫色の瞳を巡らせた。
「……無事、だったの。ワタシたちは、繭から出るだけで、クタクタ。寝かせて……」
「え? はぁ?」
「……もうダメ。ガクッ」
「それ口で言ってるだけぇ! 眠いの!? え、ここで寝るの!? 俺は見張り番なの!?」
「うるさいにゃ~。もう、バン、あっち行ってにゃ! あちしたちめっちゃ大変だったのにゃ~」
「ティナ! 怪我は?」
「エーメが治してくれたにゃ。でも、もう疲れたにゃ~~」
もうひとりの少女も小柄で、こちらは赤毛をうなじから一本の三つ編みにしていた。エーメがボソボソと喋るちょっとお茶目な美少女なら、こちらは語尾が特徴的なお元気娘といったところか。防御よりも隠密を重視した軽装の革鎧に身を包んでいる。いかにも快活そうな、日に焼けた肌も今は精彩を欠き、本当に疲れているのだろう手足をグッタリさせている。
ついさっき死にかけたというのに、この二人の少女の口調は呑気そのものだ。バンの方も、命に別状が無さそうなので呆れながらも明るく笑っている。ティナの言葉から、Dと麗筆にもエーメが療術士であることが推測できた。戦士に療術士、残るは弓使いか軽戦士か。盗賊という呼び方はあえてしない。
Dのことを紹介する間もなくティナたちが寝てしまったので、バンは拾ってきた毛布を彼女たちの腹にかけてやりながら、Dにも座るよう手で勧めてきた。
「なんか、ごめん。二人とも寝ちゃって」
「ううん、気にしてないよ。それより、バンも疲れてるんじゃない?」
「俺はいいよ、後から寝る。二人が起きたら、Dちゃんも一緒に山を降りよう。今のうちに拾えるものは拾っておくから、座って待っててくれ」
「もう、そんなの良いから、バンも座って。あんな動き方して、絶対に体を痛めてるよ? ほら、二人の周りには【障壁】を張っておくから、ちょっと離れた所で休憩しよ?」
「えっ、でも……」
「い・い・か・ら! このDちゃんがバンの体を癒してあげましょー。マッサージするだけで違うでしょ? ほらほら!」
Dは半ば強引にバンの腕を引っ張り起こして、少し離れた場所へ移動させた。





