十二頁目
Dが引き受けたのは「薬草採集」の依頼だった。これは常時募集されているもので、本来はもう少し上のランクの探索者たちが別の依頼と合わせて受けるような副次的な依頼になる。
ただし、これ単体で受けることも可能になっている。なぜなら、探索者に登録した際に、必ずひとつは依頼を受けなければならないため、選択肢の幅を増やしてあるのだ。
なぜ依頼をこなさなければならないのか? それは愚問というものだ。依頼をこなさないならば登録をする理由がない、“庭”としても探索者として抱える意味がないのだ。
そんなわけで、「オルキダの探索者の活動範囲を目にしておくため」という名目でDはフィールドワークに出ることになった。
(へっへ~ん、町のお掃除とかよりはよっぽど楽なはずだよね。薬草なんて麗筆に教えてもらえばすぐに見つかるもの。指定された物以外も採ってきてお小遣い稼ぎしなくっちゃ)
財布の中身には充分すぎるほど余裕があったが、麗筆の財産から持ち出してきたのは旅の間の重量を気にして高額通貨ばかりだったのだ。
(細かいのに崩すために毎日お買い物三昧ってわけにもいかないもんね~。変な風に目立っちゃうもの)
そもそも昨日、“庭”を出てからひとり、オルキダの町でウィンドウショッピングしていたときから胡乱な目で見られていたのだ。それにホテルを取るときも……。
「あれっ、もしかして私、もう悪目立ちしてる? まぁ、いっか。麗筆、麗筆起きて~、朝ですよ~! 今から薬草摘みに行くんだってば~!」
『ん……D……?』
「起きた? ね、昨日買ったこれ、どう? 似合う?」
『……白いです』
スプリングの利いた広いベッドの上にちょこんと座っているDは、上下とも細やかなレースの下着姿だ。麗筆の選んだベビードールタイプではなく、ちょっと際どい、布面積の少ないブラとショーツだ。雪のように真っ白で、飾りに淡いピンクが少し入っているだけのそれらは着る人間を選ぶだろう。しかし、Dの陶器のような真っ白な肌に着けると、彼女自身がまるでひとつ芸術品のような美しさを放ち始めるのだ。
「ちょっと~、感想それだけなの~? 可愛らしい乙女の下着姿なのに~! 私を見てもっとなにかないんですかっ!?」
なだらかでほっそりした肢体で麗筆に覆い被さるように近づくD。絹糸のような髪の毛がその背から落ちた。前屈みになると少し膨らんだ発展途上の慎ましやかな胸元がより一層強調される。
『D、そんな格好だとお腹を下しますよ。早く服を着て、出掛けましょう』
「……っもう! 麗筆のバカぁ!」
『?』
Dは術で綺麗にしたニットとフレアーワンピースを身に着けると、鞄に荷物をぎゅっと押し込んで用意を整えた。
「ねぇ、本当にこんな時間から出るの~? まだ朝ごはんも食べてないのに~」
『今が一刻半、すぐに出れば日の出の前に採集できますからねぇ。カゴは持ちましたね? では、行きますよ』
「ぶ~~」
ホテルは開いていなかったので、勝手に鍵を開けて出ることにした。掛け直す手間と警備の人間を術で記憶喪失にする手間がかかり、麗筆は面倒臭そうにDに言った。
『今度からもっと警備の薄い、前払いで、いつ引き払ってもいい、治安の悪そうなところに泊まってくださいね。いちいち面倒なので』
「そんな犯罪者みたいな!」
『言ったでしょう? 探索者なんて皆ならず者だって』
「ひょえ~」
宵っ張りたちの灯していた明かりも消え、真っ暗な道をDはてくてく歩いて行く。
「昨日のうちに薬草の群生地を教えてもらえて良かった~」
『そうですね。良い考えだったと思いますよ』
「えへへ~、もっと褒めて」
Dは寝てしまった麗筆をホテルに置いて、探索者の“庭”の一階にある酒場兼食事処で情報収集していたのだ。とはいえ、普通に聞いて「はい、そうですか」と教えてくれるわけがない。
Dは聞き耳を立てて雑談の中から情報を拾っていった。そして薬草の生えている場所について知っていそうな人間を見つけては、目立たない場所へ誘い込んでその脳を探り、記憶を見せてもらったのだった。
生まれてからの記憶をすべて覗かれた男は、最終的に呂律も回らなくなってぶっ倒れるという、気の毒としか言い様のない状態になってしまったが、まぁ、酒に酔ったようなもので昼まで寝ていれば治るはずだ。
Dにしてみればいつもの手慣れたお楽しみを仕事に役立てることができて一挙両得、一石二鳥。鼻高々である。
『実に良い案ですよ。ぼくだってそうしたでしょうから』
「あれ、なんかあんまり褒められてなくない? さりげに上から目線じゃない?」
『そんなことは』
町を出てしばらくしてからは、またも【浮遊】を応用して空中をすいすい移動していくことにした。黒術で空気を固めた【硬面】に腰掛け、白術でそれを安定して押し上げる【浮遊】、後は【硬面】ごと好きな方向へ陽の気で押していけば簡単空中移動ができるというものだ。もちろん、魔力の続く限りで。
魔力にあふれた人間は、大気中に漂う気を操ることができる。それをより効果的に体系化したものが術と呼ばれる一種の魔術となった。
生命を産み出し、活性化させ、押し上げるプラスのエネルギー。常に動き続ける変化の力、世界の理の半分を占める陽の気。それを操るは白術。
生命を奪い、沈下させ、引きずり下ろすマイナスのエネルギー。物質だけでなく事象すら固定する運命の錨、世界の理のもう半分、陰の気。それを操るは黒術。
男は陽の気を、女は陰の気をより多く宿し、それぞれ白術と黒術が得意な傾向にある。魔力の強さは見た目にも表れ、例えば黒髪は陰の気が強く、炎髪は陽の気が強い。術を使うことができる人間は限られており、習熟すれば日々の生活はより容易く豊かになり、職に就く際も引き手数多というものだ。
だが、それらは所詮表層を変化させる児戯に過ぎない。稀に両方の気を操れる人間が、さらにその先への扉に触れることができるのだ。つまり、己の脳内にあるイメージを現実に落とし込み変化させることのできる魔術師への成長である。
麗筆は魔術師の中でもさらに一部の者しか到達できない位階にあり、古に存在した魔法にまで手が届いている。人格はともかく彼が最高峰の魔術師であることに違いない。なにせ、知識ばかり先行していて術の使い方がイマイチだったDに、黒術の手ほどきをしたのは麗筆なのだ。
彼を“魔法使い”あるいは“創造の大魔導”と呼ぶ者もいるが、本人はそれを嫌がり、いち魔導師という下位の職種で通している。
そんなわけで今日もまた技術と魔力の無駄遣いをしながら、初依頼をこなすべく山へ分け入り薬草探しをする二人なのだった。
「……寒い。お腹痛くなってきちゃった」
『夜明け前の一番冷える時間にそんな格好でうろついてるからですよ。摘み終えたら休ませてあげますから、もう少し頑張りなさい』
「う~、働いてるの私だけじゃ~ん」
ブツブツ言いつつ手を動かすD。そのとき、遠くで鳥の群れが飛び立った。
『おや』
「あらあら、トラブルの予感?」





