十一頁目
「だ~か~ら~、私は本当に実力のある黒術士なんだってば! 仕事をちょうだいよ!」
Dは納得がいかずに何度目かの大声を上げ、机をバンッと叩いた。だが、そんなことをしても自分の手が痛いだけで、窓口の若い女はまるで堪えていない。冷静そのものだ。
「ですから、何度も言っているようにランクというものは保証なわけです。いくら実力があっても必要ランクに達していなければ仕事を回すわけにはいかないんです。最初は誰でも最低ランクからなんです。……誰か身元を保証してくれる有力者がいれば、別なんですけどね」
「ううっ……」
聞かれる項目すべてにバツがついたDは言葉を詰まらせた。
いくら身分に関係なく実力だけでのし上がれるとはいえ、出生国はわからない、本名かどうかも怪しい、どこの聖堂で学んだかも明かせない、誰からの推薦状もない、こんな状態じゃあ話にならない。依頼をこなして帰ってこられるかどうかの見極めなんてできっこないからだ。当然、最低ランクと位置づけられても仕方がない。
探索者のランクは最低がFランク、そこからE、D、C、B、Aまでの6つに分かれている。こなした依頼の数や腕前、そして“庭”への貢献度でランクが決まる。当然、Aに近いほど高額で難しい仕事を任されることになる。
逆に、誰でもできる依頼は低ランクに集中しており、ここで達成精度が悪かったり実力不足だとずっとランクアップできないままになってしまう。すると実入りの良い楽な仕事は受けられない。そういう低ランク探索者がごろつきや盗賊になって狩られる立場に落ちることもままある。そういう意味では確かに探索者もならず者なわけだ。
「だってだって、Fランクだとお仕事回ってこないじゃな~い」
「そうですね。でも、パーティを組めば上のランクの依頼を受けることもできますよ。仲間を探してみてはいかがですか?」
「それはヤダ~」
「…………」
カウンターに顎を乗せて唇を尖らす少女の姿に、
一瞬、美人と評判の受付嬢の笑顔が引き攣った。
「Fランクって地味でメンドクサイ依頼ばっかり。チームを組んでもDランクとかだとやっぱり安くて地味じゃな~い。魔物討伐なんて私ひとりで簡単にできるのに~! ね~ね~、Fランクには小鬼退治とかないの~?」
「あれはもっと田舎の方に出る魔物なので、そこまで遠征できる探索者はまずランクが高いんです」
「じゃあ邪妖精~」
「あれはそもそも荒れ野にしか出ませんから、ケテルにはいません」
「じゃあ、毛皮が綺麗な縞兎を乱獲してきてって依頼は?」
「密猟者の取り締まりがこちらの仕事なんですけど!?」
「な~んだ~」
嘆息するD、しかし本当にため息を吐きたいのは受付嬢のマリエルの方だ。サラサラの栗色ポニーテールを振るって、マリエルはこれまでより幾分か冷たく言い放つ。
「冷やかしなら帰ってくれませんか? いくら探索者が実力だけで評価される職と言っても、たったひとり、パーティもバディも組まずにやっていけるほど甘くはないんですよ。しかも汚れ仕事を嫌がって選り好みしている内は昇進も望めませんからね」
「むぅ~」
「おとなしく町の中で雑用仕事をするか、それともランクの高いパーティに入れてもらえるようお願いしたらどうでしょう。高ランク探索者の推薦があれば、昇進査定に少しボーナスがつきますよ?」
「ん~~」
「考えてみてくださいね。すぐに登録しなくたって構いません。黒術士の資格を持っているなら、町で仕事を見つけた方が早いですよ。資格、あるんですよね?」
「ん~~~~」
資格というのは、ここケテルのある大陸オーヴォの各地にある聖堂で学び、導師に認められた証のことだ。人間ではないDはもちろん持っていないし、この体の持ち主である麗筆もここの聖堂では証を貰っていない。麗筆が持っているのは、ここオーヴォの人間がやってきた母大陸インキュナブラの資格で、しかもそれは千年以上前のことなのである。
(いくら資格があるって言っても、千年も前の物なんだからさすがに信じてもらえないよね~)
『学問の本場はインキュナブラ大陸、しかもぼくが学んだのは最古にして最高の学府、聖火国の大聖堂なんですよ? まだ論文も保管されているんですから』
(ハイハイ、でも今は役に立たないでしょ~)
『なっ……! 失礼な!』
(私は今なんとかしてほしいんだってば)
『……なら、後見人がいると伝えてください。ぼくの名を出せば、マティアスならうんと言いますよ』
(マティアスって、ここの王さまだよ?)
『そうですけど?』
(大丈夫かなぁ……)
カウンターの下に隠れ、こっそり麗筆と会話していたD。魔本の声が聞こえない他の人間から見ればひとり唸っているだけなわけだったが。不安な気持ちを押し殺し、ひょっこりとまた顔を出したDは、受付嬢のマリエルにもう一度話しかけた。
「あの~」
「はい! なんでしょう!」
「えっとね……私の身元保証人なら、ひとりだけ心当たりがあるよ」
「あら。どんな方でしょう。ご親戚? それとも導師様?」
「ん~~。あのね、マティアスさん。ここの王さまだよ」
「ああ、マティアス陛下! …………マティアス陛下ぁ!?」
「うん、そう」
マリエルは大きく目を見開いてDを見下ろした。カウンターから乗り出す勢いにDの方が引いている。
(マティアス陛下の絵姿とはまったく似てませんけど、この浮世離れした態度、美しさ……もしかしたら、もしかするのでは!?)
まさかの隠し子を疑われる国王なのだった。
「……では、王宮に確認を入れさせていただきますね。登録するお名前を、もう一度お願いします」
「麗筆」
「レイ……フィッツ?」
「えっと。レイヒでいいよ。D・レイヒ。それとは別に、マティアス陛下にお手紙書くので届けてくださいな」
「はぁ、いいですよ。D・レイヒさんですね」
「Dちゃん、て呼んでほしいな~。ね、ね、国王陛下が認める探索者なら、Aランクも飛び級してSランクでもいいんじゃない? ねぇ?」
「と、とにかく、確認してからになりますから。それまではFランク探索者として頑張ってください。……Dちゃん」
「は~い!」
とにかく、これでひとまずDも探索者の仲間入りを果たしたわけである。そうと決まれば、まずは適当な依頼をこなして拠点を見つけることが先決だった。
「よ~し、頑張るぞ~!」





