殺伐とした訓練場と憩いのオアシス灰鍋亭
勇斗、訓練始めましたw
ルミナ王国の城下町は、王城を中心に放射状に広がっていた。
復活したクラウスに導かれ、王城の西側に位置する軍区画へと向かう馬車の中から、勇斗はその壮大な光景を見つめていた。
「すげえ……」
一面に敷き詰められた石畳の街路が陽光を受けて淡く輝き、貴族街、商店街、学術街へと続く大通りを多くの人々が行き交っている。
城壁の外には広大な農地が広がり、それを支える労働者の家々が立ち並ぶ。
この王都ルミナリアが、十二万を超える人々の営みを守る巨大要塞であることを物語っていた。
「ユウト様、マリ様。こちらになります」
馬車を降りると、空気が一変した。
剣が打ち合う甲高い音。腹の底から絞り出すような掛け声。舞い上がる土煙。そして、汗と鉄の匂い。
そこは、勇斗が今まで経験してきた部活動のグラウンドとは全く違う、命のやり取りを前提とした者たちが集う場所だった。
真剣な表情で訓練に打ち込む兵士たちの輪に、これから自分が加わる。
スポーツではない、本当の戦場に赴くのだというプレッシャーが、勇斗の全身に鳥肌を立たせた。
「こちらへ」
クラウスに促され、勇斗と真理は訓練場の一角に設けられた天幕へと入る。
リアナとミュリエルは心配そうな顔で二人を見送った。エリスはイザベルに呼び出され、ここにはいない。
天幕の中では、レオニスと男女三人が円卓を囲み、広げられた地図を睨んでいた。
昨日とは全く違う騎士団長の迫力に、勇斗は息を呑む。
「レオニス様。ユウト様とマリ様をお連れしました」
クラウスの声に四人が一斉に顔を上げると、レオニスは途端に表情を和らげ、ニッと歯を見せて大げさに歓迎した。
「おう、待ってたぜ勇者殿! 嬢ちゃんも来たか!」
ガシッと力強く肩を組まれ、勇斗は体勢を崩しそうになる。
レオニスは気にもせず、三人の前に勇斗を突き出すように腕を伸ばした。
「紹介しよう! 我が軍が誇る精鋭たちだ。皆、勇者殿に興味津々でな!」
「え、あ、いや……」
勇斗が戸惑っていると、銀髪の青年が一歩前に出て、背筋を伸ばし敬礼する。
「第一中隊副隊長、カイル・ヴァルグレイヴであります。本日は、ユウト様の基礎訓練を担当させていただきます」
鋭い眼差しと隙のない所作。軍人としての実直さが滲み出ている。
隣で真理が「わぁ…本物の騎士様…!」と小さく声を上げ、目を輝かせていた。
「第二中隊隊長、セレス・アーデンよ。弓の扱いなら、あたいに任せな」
赤毛を揺らし、美しい弓を携えた女性が続く。
その瞳には、射抜くような強い意志が宿っていた。
「第三中隊隊長、ヴェルト・ミルザンだ。簡単な魔法なら教授してやろう」
最後に名乗ったのは、顔に深い傷跡を持つ魔導師風の中年男性。
歴戦の猛者だけが持つ、重厚な空気を漂わせている。
三人の圧倒的な存在感に、勇斗は頭を下げることで精一杯だった。
「よ、よろしくお願いします!」
◇
場所を移し、勇斗はカイルの指導の下、木剣と木盾を手に取った。
「まずは素振りからです。私が振りますので、動きを見ていてください」
カイルが手本を示す。ビュッ、と空気を切り裂く鋭い音。
一切の無駄を削ぎ落とした洗練の極みともいえる動きに、勇斗は息を呑んだ。
(これが、本物の剣さばき……)
見様見真似で木剣を振るう。
あらゆるスポーツを経験してきた勇斗は、体力には自信があった。
初めて握る木剣の重みに胸を躍らせ、重心を探りながら切っ先に力を込めていく。
ぎこちなかった動きは、数回繰り返すうちに急速にカイルのそれに近づいていった。
「……ほう。筋がいい。いや、これは良すぎるな」
カイルが驚きの声を漏らす。信じられないほどの順応力。
それは戦と混沌の神ヴァル=ゼルスの加護が、勇斗の潜在能力と共鳴している証左なのかもしれない。
ヴァルの豪胆な笑い声が聞こえてきそうだ。
一方、真理は急遽指導役となった偵察兵のミーナから、ナイフの扱いを教わっていた。
「それがアサシンの基本動作ですか!?」と興奮気味の真理にミーナが戸惑うなど、二人はすぐに打ち解けたようだった。
どれほどの時間が経っただろうか。
「この辺にしておきましょう」
カイルの声を合図に、勇斗は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
木剣が甲高い音を立てて地面に転がる。
「はぁっ、はぁっ……!」
荒い息を繰り返し、大の字に寝転がる。
木剣を握っていた右手は痙攣し、胸が激しく上下していた。
「初日でここまでとは、正直驚きました。さすがは勇者様、ですね」
カイルの称賛も、今の勇斗には遠くに聞こえた。
しばらくして、ようやく立ち上がれるようになった勇斗は、カイルに案内され、訓練場に併設された「灰鍋亭」という食堂に入った。
殺伐とした訓練を終えた兵士たちが、つかの間の自由を満喫している。
活気ある食堂の中に、すでに席について寛いでいた真理とミーナが勇斗に気づき、手を振ってきた。
すっかり意気投合した二人の笑顔に、勇斗も自然と頬が緩む。
カイルに案内されたテーブルに着くと、待っていたかのようにリアナとミュリエルが現れた。
「ユウト様、お疲れ様です! これを食べて栄養をつけて下さいね!」
リアナが湯気の立つ皿を置く。香草入り卵粥だ。
ミュリエルもこくりと頷き、焼き野菜のハーブオイルがけ、白身魚の蒸し焼き、黒麦パンのチーズトーストと次々と料理を並べた。
その光景に、周囲の兵士たちから「なんだあの美味そうな飯は!」「王城のメイドさんか?」と、どよめきと羨望の声が上がる。
勇斗は少し照れくさそうに、卵粥を口に運んだ。
痺れが残る身体に熱く優しい味が染み渡り、張り詰めていた心と体をゆっくりと解きほぐしていく。
あっという間に完食した勇斗は、満腹感と同時に、自分に向けられる兵士たちの視線に気づき、複雑な心境になった。
彼らの食事は、どれも質素なものばかりだ。
訓練の一環として、戦場で調達可能な食材だけで作られているのだという。
リアナの料理は最高だ。疲れた体を癒してくれる、彼女の優しさに満ちている。
だが、自分だけがこの幸せを享受していいのだろうか。
「リアナ、悪いけど……次からは皆と同じ料理にしてくれないかな?」
悩んだ末の発言に、リアナの動きが止まった。
「……え?」
彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。
「あ、いや、違うんだ! 君の料理は本当に美味しい。お世辞抜きで、マジで。けど、皆の前で俺だけだと、その……」
慌てて言葉を重ねるが、もう手遅れだった。
リアナなら分かってくれるだろうという、自分の甘さが招いた誤解。
彼女は俯き、深く肩を落としてしまう。
「かしこまりました……。そこまで気が回らず、申し訳ありませんでした」
気丈に振る舞おうとするリアナの笑顔は歪み、目元が潤んでいた。
勇斗は内心舌打ちした。
(やっちまった! もっとリアナに配慮した言い方はできなかったのか)
気まずい沈黙がテーブルを支配する中、厨房から現れた男の姿に、兵士たちがどよめいた。
男は勇斗たちのテーブルを確認すると、片足を引きずりながら近づいてきた。
そして、低く野太い声が沈黙を一蹴する。
「お前らか? 噂の勇者様ってのは」
振り向くと、白いエプロンにライオンのアップリケを縫い付けた大柄な男が、太い腕を組んで仁王立ちしていた。
丸顔に刻まれた深い皺。だがその佇まいには、エプロンでは隠しきれない戦士の気迫が満ちていた。
「バルドさん!」
カイルが慌てて立ち上がり、バルドの耳元で何かを囁く。
話を聞き終えたバルドは、屈託なく笑った。
「悪い、悪い。そうだったのか。だがそれは置いといてだ。この状況、問題だよな」
バルドはそう言って背後の兵士たちに視線を向けると、カッと目を見開いた。
眠っていた獅子が目覚めたかのような鋭い眼光に、兵士たちは一斉に顔を背け、慌てて雑談を始める。
その視線に耐えかねたように、一人が「戦場スープセットおかわり!」と叫ぶと、皆がそれに続いた。
その声に、「はーい!」と元気な声が応え、明るい茶髪の少女がテーブルの皿を手早く片付けていく。
その様子を荒い鼻息で見送ったバルドは、リアナに向き直った。
「悪いが、そこのメイドさんに話がある。厨房に来てもらえるか? カイル、あんたもだ」
リアナの肩がピクリと震える。勇斗は彼女を庇うように立ち上がった。
「俺も行きます」
バルドは短く頷くと、厨房へと戻っていく。
勇斗はリアナの肩にそっと手を添え、ゆっくりと歩みを進めた。
◇
厨房は、肉の焼ける香ばしい匂いとスパイスの刺激的な香りで満ちていた。
そこには二人の若い料理人が忙しなく立ち働いている。
先ほどの少女がリアナに気づき、声を弾ませた。
「あっ、メイドのお姉さん! さっき、すっごく美味しそうな焼き菓子を渡してたでしょ? 作り方、教えてくれませんか?」
それはリアナが勇斗にこっそり渡していた、ベリーとナッツの焼き菓子のことだ。
少女の無垢な眼差しに、リアナは言葉に詰まる。
「おいティナ、まずは挨拶だろ。それにこっちの坊主は偉い人なんだ。ちゃんと“坊主様”って呼べ」
「ボウズ様?」
少女が首を傾げる。バルドは「そうだ!」と満面の笑みで豪快に笑った。
その様子に、勇斗の肩から力が抜ける。
鍋を振っていた青年が帽子を取り、深々と頭を下げた。
「リク・グランツです。祖父の元で修行しています」。
少女もエプロンの裾をつまみ、優雅にお辞儀をする。
「ティナ・クローヴです。夢はお菓子屋さんを開くことです!」
バルドは、リアナの料理の腕を見込んで、この二人に料理を教えて欲しいのだと語り始めた。
自分が作るのは味気ない訓練食ばかりで、それでは二人の夢が遠のいてしまうと。
そしてもう一つ、この食堂の運営方針について、カイルに改善を求めた。
食事はエネルギー源であり、士気を高める重要な儀式だと。
元兵士であるバルドは、料理人として今も戦っているのだと、熱く語った。
「ティナから話を聞いて、今しかないと決めたんだ。俺はこの状況に賭ける! つーわけで、坊主がここにいる間だけでいい。メイドさんに灰鍋亭の仕事を手伝ってもらいたい。了承してくれるよな?」
「バルドさん、それは――」
難色を示すカイルに、バルドは頭を下げた。
リクとティナも、純粋な眼差しを向けてくる。
軍の方針に一介の料理人が口出しするなど前代未聞だ。
カイルが独断で決められないのは、誰もが分かっていた。
「兵士の士気は必ず上がる。料理一つで変わることを証明してみせる。だから頼む! カイル副隊長!」
勇斗はリアナに向き直り、優しく語りかけた。
「リアナはどうしたい? 俺は……リアナの考えを尊重するよ」
「ユウト様……」
戸惑うリアナの背中を、ミュリエルがポンと優しく叩いた。
彼女なりの応援なのだろう。
リアナは落ち着きを取り戻すと、頭を下げるバルド、真剣なリクとティナを順に見つめ、決意を固めて大きく頷いた。
「私、やります。やらせてください! お願いします!」
カイルに深々と頭を下げた彼女は、いつもの頼もしいリアナだった。
勇斗も安堵し、共に頭を下げる。カイルは観念したように、盛大なため息を漏らした。
「……分かりました。レオニス様に報告します」
その瞬間、厨房の外から割れんばかりの歓声が沸き起こった。
「やったー! これで俺らも旨い飯にありつけるぞ!」
歓喜の声はやがて、感謝コールへと変わっていく。
「ボ・ウ・ズ! ボ・ウ・ズ! ボウズ様ありがとー!」
こうして勇斗の正体は露見することなく、“ボウズ”というあだ名が広まり、バルドの賭けは見事に成功したのだった。
◇
数時間後、レオニスの怒号が天幕を揺らした。
「なんだってー!!?」
その頃、別の訓練を受けていた勇斗の耳にも、その声ははっきりと届いた。
駆けつけた天幕の中では、仁王立ちするレオニスと、直立不動のカイルがいた。
「何でその場で俺を呼ばなかったんだって話だ!」
レオニスの怒りの理由は、実に子供じみたものだった。
自分もその場で格好をつけたかったし、兵士たちからカイルコールが上がったのが面白くなかったらしい。
(レオニスさんらしいや)
不憫なカイルに同情しつつ、勇斗は苦笑いするしかなかった。
結局、レオニスは灰鍋亭の提案を正式に許可した。
宰相ガルディアスにはレオニスが直談判し、最終的に勇斗の了解を得るという条件で落ち着いたという。
次の日から、リアナは精力的に新作レシピの開発に取り組んだ。
香ばし麦パンの塩スープ添え、干し果物とチーズの温粥など、訓練食の素材にひと工夫を加えたメニューは、兵士たちから絶大な支持を得た。
噂は瞬く間に広がり、隊長格まで足を運ぶようになったが、同時にリアナの悩みも増えていく。
「どんなに工夫してもこの食材では……これが限界かもしれません」
申し訳なさそうに俯くリアナの横顔には、疲労の色が滲んでいた。
無理をしすぎている。勇斗はバルドに相談し、リアナにしばらく休養を取らせることにした。
「おう、リクもティナもレシピは覚えた。大成功だ. 本当にありがとな。ゆっくり休んでくれ」
バルドの言葉に、リアナはほっとしたように微笑んだ。
それから数日後。
勇斗の剣と槍、弓の訓練が目覚ましい進歩を見せる中、彼の提案で、実践訓練を兼ねた食材探しが許可された。
監督のセレス、そしてエリスと真理を伴い、勇斗はルミナ王国近郊の森へと向かう。
それは、新たな波乱の幕開けを意味していた。
バルドの登場シーン。カイルが慌ててバルドの耳元で何を話したのか。
「どこでその情報を。勇者と言うことは伏せて下さい。国家機密なんですから。お願いしますよ、もう」
と言いました。一体誰がバルドに教えたんでしょうね。
次回は、城外に出て食材探しをしようと思ったんですが、とんでもないことに……お楽しみに。




