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戦争の波乱と希望、エルフの国「エルダリア公国」

場面転換が多くてゴメンナサイ

ルミナ王国西区の軍事施設は、今や巨大な鉄の蜂の巣と化していた。その数、およそ四千。レオニス団長の指揮のもと、常備兵たちが戦支度に追われ、鎧の擦れる音、伝令の叫び声、そして指揮官の怒声が渾然(こんぜん)一体となって空気を震わせている。


混乱のあまり右往左往する新兵の額には汗が滲み、その視線は虚空を彷徨(さまよ)っていた。レオニスは仁王立ちで練兵場を見渡し、眉間に刻まれた深い皺をさらに深くして、小さく舌打ちを漏らした。


その背後から、カイルが姿勢を正して進言する。


「団長。兵たちの混乱は限界です。『国を守る』というだけでは、死地へ赴く理由としてあまりに漠然としている。どうか、我らが立ち向かうべき敵の正体を明確にし、士気を高めるご指示を……!」


カイルの悲痛な訴えに、レオニスの苛立ちは燃え上がる油のごとく、さらに勢いを増した。

混乱しているのは兵だけではない。指揮官である彼自身も、この混沌の渦中にいた。


「俺に分かるものか! 停戦協定違反の咎(とが)で勇者を糾弾したかと思えば、その勇者が魔族を助けたと報告が上がる。挙句、クラウスは不正を問われ軟禁だと? この国は一体どうなっているんだ!」


レオニスが一気にまくし立てると、カイルは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。第二中隊隊長のセレスも、第三中隊隊長のヴェルトも、石像のように沈黙を守っていた。重苦しい空気が、彼らの間に澱(おり)のように沈殿する。


そこへ、さらに追い打ちをかける報告が舞い込んだ。


「ご報告! 軟禁中のクラウス・ヴェルディンが拉致されました! 犯人は……宮廷魔導師イザベル・クローディアとの情報です!」


「あの女……! ついに一線を越えたか! ヴェルト、追跡は可能か!」


レオニスの問いに、ヴェルトは即座に首を横に振った。


「不可能だ。彼女は国家認定の最高位――大魔導師。恋に盲(もう)いた今の彼女を止められる者はいない。それよりも、精鋭を北へ回し、ノルディア帝国との国境付近の警備を固めるべきだろう。例の魔道具の調査を急がねば。あの女を逃したとて、我らの敵に回ることはあるまい」


ヴェルトはイザベルの行動を冷静に切り捨てる。レオニスは短く「そうか」とだけ応じ、それ以上は追及しなかった。今、刃を向けるべき相手ではないという判断である。


「隊長……北へ派兵するということは、魔族との戦闘も……」


そこまで言いかけて、カイルは口をつぐんだ。俯いた彼の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「お前たちは後方支援に徹しろ。最前線は、俺たち古株の仕事だ」


レオニスはカイルへ向き直り、揺るぎない声で言い放った。


「カイル副隊長は、各中隊の副長らと八人隊を編成。イーストバロニア連邦の冒険者と合流し、魔道具の捜索に当たれ。森、街道、街中、あらゆる場所を徹底的にだ。残りの部隊は周辺諸国の防衛、避難民の誘導、救護所の設営、兵糧(ひょうろう)の確保を急げ。以上だ!」


「はっ!」


カイルは背筋を伸ばし、力強く敬礼する。その表情にはまだ不安の色が残っていたが、レオニスの命令が、確かに彼の足を前へと押し出していた。


◇


勇斗たちを乗せた船は、その後、無事にエルダリア公国へと到着した。

港に降り立った勇斗は、思わず深く息を吸い込む。

(空気が……違う。森の匂いがする)

澄み切った大気が、胸の奥まで染み渡るようだった。


しかし、リアナはその美しい空気を味わう余裕もなく、ふらつく足取りで勇斗の腕に寄りかかる。


「ん? リアナ、大丈夫か?」

「申し訳……ありません。少し、船に……」


マジョルカも心配そうにリアナの手を握っている。真理が周囲を見回しながら言った。


「まずは休みましょう。どこか宿屋は……」


港から続く木の歩道を進むと、街の中心へと繋がる巨大な根の道に出た。巨木の幹をくり抜いた家々が立ち並び、枝の上には優美な樹上住居が広がっている。風がそよぐたびに無数の葉が擦れ、光の粒――精霊の欠片――がきらきらと舞い落ちていた。


(すげぇ……。まるで映画の世界だ)


勇斗が思わず空を見上げていると、近くを歩いていたエルフの青年が微笑みかけた。


「旅の方ですか? 宿をお探しなら〈風歌(かざうた)の宿〉が良いですよ。エルダールで一番の老舗で、旅人にも親切ですから」

「ありがとうございます! 場所はどこでしょう?」

「この道をまっすぐです。大樹の根元にある大きな建物がそうですよ。風精霊が集まるので夜は少し涼しいですが、心地よい場所です」


青年は軽く会釈して去っていく。勇斗たちは教えられた通りに進み、森の中でもひときわ大きな巨木の根元に建つ、木造三階建ての宿屋を見つけた。


入口の上に掲げられた木彫りの看板には、こう刻まれている。


〈風歌の宿〉

――風が歌い、旅人が眠る場所――


扉を開けると、芳しい木の香りに包まれた。天井は高く、太い梁(はり)の間を小さな風精霊たちが楽しげに舞っている。暖炉の火が柔らかく揺れる、落ち着いた空間だった。


「いらっしゃいませ。精霊のお宿へようこそ」


受付に立つ淡い緑髪のエルフの女性、ミレアが優しく微笑む。リアナはもう限界なのか、勇斗の肩に寄りかかったまま小さく頷いた。


「すみません……一番静かな部屋をお願いします」

「もちろんです。精霊の加護が強いお部屋をご用意しますね」


ミレアに案内されたのは、二階の角部屋だった。扉を開けると、再び木の香りがふわりと広がる。壁は淡い緑色の木材で作られ、そこに彫られた精霊の紋様が柔らかく光っていた。


「わぁ……すごく、落ち着きますね」


真理が感嘆の声を漏らす。リアナはベッドに腰を下ろすと、そのまま倒れ込むように横になった。勇斗が心配そうに毛布をかける。


「……ありがとうございます。少し、休ませてください……」

「どうぞごゆっくり。夕食の準備ができましたら、お声をかけますね」


ミレアが静かに部屋を辞去し、やがてリアナの穏やかな寝息が聞こえ始めた。真理は椅子に腰かけ、マジョルカは窓辺で外の景色を眺めている。


「ちょっと散歩してくる。悪いけど、リアナたちのこと、頼めるか?」


勇斗が小声で言うと、真理は微笑んで頷いた。


「気をつけてくださいね。変なエルフに絡まれたら、すぐに逃げるんですよ」

「さすがにそれはないだろ……多分」


苦笑いを浮かべ、勇斗は宿を出た。夕暮れの森の風が頬を撫で、木々の間に灯る光が揺れている。どこか遠くで、精霊の奏でる鈴のような音が響いていた。


(本当に……すごい世界だな)


しばらく歩くと、宿の脇に木造の螺旋階段を見つけた。根元から枝上へと伸びるその階段は、樹上通りへの入口らしい。好奇心に駆られ、勇斗はゆっくりと階段を登り始めた。


やがて樹上通りに出ると、地上とは違う賑やかな空気が広がっていた。枝の上に作られた道には露店が並び、風精霊が灯す光がふわふわと漂っている。その中で、ひときわ陽気な声が聞こえてくる方へ足を向けた。


〈風灯(ふうとう)の樽〉

――風が歌い、酒が踊る場所――


勇斗が扉を開けると、木の香りと温かな空気が溢れ出した。


「いらっしゃいませ! 旅人さんですね! 私、ミィナ! こちらのお席へどうぞ!」


快活なエルフの女性に案内され、窓際の席で光果実のジュースを注文する。運ばれてきたそれを一口飲むと、甘く爽やかな風味が体中に染み渡り、旅の疲れがすっと抜けていくようだった。


(……うまっ。なんだこれ、すごくスッキリする)


その時、どん、といきなり肩を叩かれた。


「よぅ、兄ちゃん。いい飲みっぷりじゃねえか!」


振り返ると、ぼさぼさ頭のエルフが金の瞳を酔いで潤ませて立っていた。


「ここは酒場だぜ? まずはエールで乾杯だろ! ミィナ、風歌エール二つ追加!」

「いや、俺は飲めないんで……」

「はっ、飲めねえのに酒場に来るのが人族ってか!」


リオルと名乗ったエルフは、勝手に隣へ座ると、運ばれてきたエールをひったくり、「乾杯!」と叫んで一気に呷(あお)った。その瞬間、彼の周りの風精霊がバチバチと火花を散らし、店内の紙ナプキンが一斉に舞い上がる。


「お前ら落ち着けって! ……で、兄ちゃん、名前は?」

顔をしかめる勇斗に、リオルはお構いなしに絡んでくる。

(面倒な奴に絡まれたな……)

「……ボウズだ」

「よしボウズ! 俺が鑑定してやる!」

「いや、頼んでないから!」


ミィナが慌てて駆け寄ってくる。「リオルさん、また絡んでるんですか!」


「絡んでねぇ! これも導き手の務めだ! さあボウズ、もっと飲め!」


頭を抱える勇斗をよそに、酒盛りは続く。やがて千鳥足で去っていく酔漢(すいかん)を、見送りながらミィナが申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさいね、お客さん。あれでも根は真面目なの。教会で精霊の導き手をしてるくらいなんだから」


(あれで……マジか……?)


支払いをルミナ王国の金貨で五枚渡すと、ミィナは「珍しいわね」と言いながら十八枚の木の葉を模した木片で返してきた。これがエルダリアの通貨、リーフらしい。表面に彫り込まれた精霊紋が淡く光っている。


――翌朝。


勇斗たちは、ミィナに教わった〈蒼樹(そうじゅ)の聖堂〉を訪れていた。巨大な樹木の根元に建てられた聖堂は、まるで森そのものが祈りを捧げているかのような静謐(せいひつ)さに満ちている。


中では子供たちが無邪気に遊んでおり、その奥から白髪の老エルフが穏やかに歩み寄ってきた。


「ようこそ。私が神父のエルダンです。ミィナから話は伺っておりますよ。魔人のことでご相談があるとか……」


勇斗たちが事情を語り終えると、エルダンは驚きに目を細めた。


「それは……尊い行いです。ですが、今は時期が悪い。暗黒の森へ直接入ることは、お勧めできません」


エルダンは、魔族が再び戦争を起こそうとしていることを語る。その言葉に、勇斗と真理は息を呑んだ。


その時だった。慌ただしい足音と共に扉が勢いよく開かれ、昨夜の酔いどれエルフが飛び込んでくる。


「すんません! 遅れました! ……あ、えーと、ボウズ……さん? 何で?」


場の空気が凍りつく。その後、酒場での件が露見(ろけん)してエルダンに叱られても飄々(ひょうひょう)な態度を取るリオルに、セレインと呼ばれた女性導師が、書類を整理しながら冷たく言い放った。


「リオルさん。またお兄様に報告しますよ。さぞ感激なさり……力強く抱きしめてくださるでしょうね」

「ひっ!」


リオルは小さく悲鳴を上げ、態度を豹変させると、勇斗の前に滑り込むように土下座した。


「ボウズさん! 昨日は本当にすみませんでした!」


その滑稽な姿に、真理が呆れて呟く。


「……私のエルフ像が、音を立てて崩れていきます」


改めてマジョルカの件を相談していると、聖堂の入口に新たな人影が現れた。緑がかった黒髪を揺らす、長身のエルフの青年。軽装の鎧に双剣を携え、その佇まいは空気を引き締めるほどの威圧感を放っている。


リオルはそのエルフの姿を認めた瞬間、椅子ごと床にひっくり返った。


「に、兄さん! なんでここに……!」

「お前に用はない。エルダンに話が……先客がいたようだな」


青年は静かに名乗った。


「ネル・フェリス。ティアナ公女が護衛隊長を務めている」


自己紹介を交わした直後、ネルは勇斗の顔をまじまじと見つめ、わずかに目を見開くと、次の瞬間にはその場に膝を折っていた。


「あなたが……ユウト様、でしたか。まさか勇者様にここでお会いできるとは……。これは精霊神のお導きに違いありません。ぜひ、我が主君ティアナ公女にご尊顔を」


ネルの仰々しい態度に、勇斗は困惑して頭をかく。ネルは勇斗に一言断りを入れてから、エルダンに小声で何かを伝えると、エルダンをはじめ、聖堂にいたエルフ全員の顔色が変わった。


やがて彼らは揃って勇斗に向き直り、深々と頭を下げる。


「勇者様。しばらく当国で休養されてはいかがでしょう。我々が最上の癒しをご提供いたします」

「いや、だから俺はそんな……。マジョルカを森へ送る案内人を紹介してくれれば、それで……」

「それはいけません!」


ネルが、先ほどとは比べ物にならないほど鋭い声で遮った。彼は一拍置き、懇願するように、しかし有無を言わせぬ強い口調で繰り返す。


「今、魔族領へお入りになることだけは、どうかお避けください。……お願い、いたします」


その声は重く、聖堂の静かな空気を震わせた。


◇


エルダリア公国は中立国。

魔族とも手を取り、精霊神の意志を尊び、共存を理想とする地。

その国の代表――ティアナ公女との謁見を望むネル。

それを拒む“勇者”。


フードを深く被り、素顔を隠す二つの影。

幻鋼を抱え、汗に濡れた頭を光らせる男。

紫に輝く魔光石を、無表情のまま見つめる魔導メイド。


それぞれが、それぞれの目的を胸に抱き、静かに歩みを進める。

だが、彼らの意思とは関係なく、世界はすでに回り始めていた。


組み上げられた巨大な歯車が、ひとつ噛み合えば、もう止まらない。

誰もがその音に気づかぬまま、運命はゆっくりと、しかし確実に動き出す。


――創造神アストレイアは、ただ静かにそれを見つめていた。

真理の説得で半ば強引に始まった勇者としての冒険は、勇斗の中でどう変化していったのか。勇斗の本音はどう思っているのか。そこら辺を念頭に次話は展開できたらいいなと思います。

中途半端になっている半身になったヴェイル・リフォージで、魔王と対峙するのは無謀だから、最後に素材が完成したことを明示してみました。二人がルミナ王国のエルディア工房に持込めば「最強の剣」が完成します。問題はどこで誰が勇斗に渡すかという事。その絵が全然思い浮かばない。

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