百七十九話 体内
「あれ? なんか水たまりがある」
ルディーの指さす先を見ると、たしかに足首までつかりそうな浅い水たまりがあった。
「ほんとだ。でもこんなのあったかな?」
先ほど見回したときはなかったような気が……。
「あ、あそこにも」
また、別の水たまりをルディーが指さす。
「増えとるね」
「うん」
雨が降ったわけでもないのに、水たまりができるとは、これいかに。
「地面から湧いてきてる感じ?」
「たぶんそうだね」
水たまりは、みるみるうちに数と深さを増していく。そして、水たまり同士が連結して、ガッツリ大きな水たまりへと変わった。
これはあれか。
胃液的なやつか。
壁やら床から、じゃんじゃこ滲み出てきて、地面にたまっていってるんだな。
「やべーじゃん」
とりあえず今は宙に浮いているから大丈夫だけども、じきに満タンになるんじゃないか?
このままだと、いずれ全身つかる。そしたら、溶かされて骨すら残らないかもしれん。
「召喚士さま。これはアバドンの仕業かもしれません」
「アバドン?」
フルーレティの言葉に首をかしげる。
「アバドンはとても巨大な悪魔です。我々はその体内に取り込まれたようです」
「え? でも、門を通過してきたよな。それがなんで体内に?」
いつの間に体内に入った?
門を体内に作ったワケじゃないよな。フルーレティはそんなことを一言もいっていなかったし、態度を見ても違うことは明らかだし。
「おそらく大地を大きくのみこんだのでしょう。門、もろとも」
マジかよ。飲んだのかよ。
大地は溶かされて、人間界への門だけが残った感じか。
ムチャするなあ。
「マスターどうする? いったん引き返す?」
そうね、門に戻ればべつになんてことはない。
けど、それじゃあ来た意味がないんだよな。
「あ、そうだフルーレティ。門を維持する装置はどこだ?」
もう装置を破壊する必要はないけれども、一応確認ぐらいしとかんとな。
「ええ、それがわたしも気になっておりまして。門を取り囲むようにルーン文字を記した石碑が、いくつも並んでいたのですが……」
「石碑? それが装置か?」
「はい」
石碑とはまた、オーソドックスな。
とはいえ、その石碑がないのはちと気になるな。
場所を変えたのか、それとも……。
「マスター、もしかしてあれかな?」
ルディーが指さすのは水たまりの中央。チョコンと顔をだす、石の先端だ。
「あ~、なんかイヤな予感」
「わたしも」
石からはジュウジュウとケムリが立っている。
大地が溶けるなら、石もとうぜん溶けるワケで。
ピシャリ。
案の定というか、人間界へとつながる門は、あれよという間に閉じてしまった。
「ありゃりゃ」
「閉じこめられちゃった」
とはいえ、べつに悲壮感はない。
ちゃんとトビラも持ってきているし、逃げるだけならどうとでもなる。
「トビラを設置しますか?」
フルーレティが聞いてくる。
トビラは彼に持たせてある。とっても力持ちだから運ぶのも楽々って感じだ。
「う~ん、トビラ溶けね? それ溶けちゃうともう行き来できなくなっちゃうぞ」
一応スペアをもう一個持ってきているけど、なんかあった時のためにとっておきたいし。
「てか、おまえ足大丈夫なの? 溶けてない?」
いまさらだけど、フルーレティに聞いてみた。
「この程度なら大丈夫です。ですが、早めに方針を決めていただければと思います」
あ、やせ我慢してたんだ。
フルーレティでも溶けるとなると、なんでも溶かすかもしれんな。
やっぱトビラを設置するのはやめておこう。
まだ、やりようはある。使うのは緊急脱出するときだけだ。
ちなみにトビラの行き先は、すべてフォーモリアにしようと思っている。
そこを中心地として各方面へとつなげる感じだ。
現在、人間界のトビラの行き先は、ほぼ農場だ。それをフォーモリアに変える。
門に書いてる文字を書き換えなきゃならんな。あとで、足をはこばなきゃならない。
めんどくせえ。
悪魔に文字を書き換えさせようとしたが、ダメだった。精霊たちも同様だ。
どうやら俺以外はムリのようだ。
まあ、勝手に行き先を変えられたらたまったもんじゃないからな。これでいいんだろう。
「じゃあ、アバドンから抜け出してトビラを設置しよう。そこで改めてベルゼブブを探すか」
さっと手をかざすと紫電がほとばしる。
それははるか前方の赤い壁を粉砕すると、巨大な穴を開けた。
「作戦始動! ひたすらまっすぐ突き進む!!」