百七十五話 神との決別
なるほどなあ。
だいたいの経緯は把握できた。
神と悪魔、どちらにつくべきか考えないと。
現状では悪魔側に立つしか選択肢がない気がする。もう後戻りできないほど契約してしまった。
それに、神側につく方法がわからない。悪魔と手を切ったところで、神が俺を狙わない保証などないし……。
――いや待てよ。
勝手に二択で考えていたけど、どちらかにつく必要なんてあるのか?
結局は神と悪魔の争い。なぜそれに俺が加担する?
単なる勢力争いじゃないか。
そもそも、俺はなにをしたかったんだ?
悪魔を滅ぼしたかったのか? それとも救いたかった?
――いや、違う。
平穏に暮らしたかっただけだ。
誰の指図も受けず、自由に生きたかった。
それには力が必要だった。すべてを跳ねのける大きな力が。
門を破壊しようとしたのも結局はそれだ。
世界を救おうなんてガラじゃない。自分の障害になるものを取り除こうとしただけだ。
悪魔の力を受け入れたのも、悪魔を蹴散らす力が欲しかったから。
……そうか、ずっと内から湧きだしていた力を求める声は、自分の心そのもの。
自身のわがままを通すだけの力を、本能が欲していたのだ。
もはや、悪魔は脅威でなくなった。
では、次に俺の脅威となる者は?
「いいだろうアスタロト。おまえの力のすべてを貸せ。貶められた地位を回復してやる」
「ククク、腹は決まったようだな召喚士よ」
アスタロトは俺の返答を聞いて、満足げにうなずいた。
「ちょ、ちょっとマスター」
だが、それに異をとなえたのがルディーだ。
抗議すべく俺の顔面スレスレに顔を近づけてくる。
近い!
気持ちは分るが、近すぎる。ピントが合わんだろうが。
「神と戦うことになっちゃうよ。それは流石にヤバくない?」
ルディーの言葉に首をふる。
もうヤバイかどうかの問題ではないのだ。
「いいや、戦うんじゃない。蹴散らすんだ。ルシファーが神のほとんどを封印したというなら、勝てる見込みがあるってことだ」
弱っているやつを狙う。コレ戦いの基本ね。
「え~、そういうものなの?」
「うん、そういうものなの。なあ、ルディー。このまま何もしなければ、神は俺に手だししないと思うか?」
神にとってルシファーを倒さない俺に価値などない。
ここらで見切りをつけて排除に動くだろう。
「う~ん」
「だまってやられるのは御免だ。もし、神が争う気がないというのであれば、なんらかのアクションをとってきてるはずだからな」
神の顔色をうかがって行動するなんてバカバカしい。
言いたいことがあるなら、そちらから来ればよかろうなのだ。
俺は俺のやりたいように動く。他人を利用してばかりの神に邪魔されてたまるものか。
「……わかった。それがマスターの結論なんだね。いいよ。わたしはどこまでも付いていくから」
「ありがとなルディー」
よし、もう迷わない。
俺は邪魔するすべてを喰らい尽くしてやる。
「アスタロト! ペンタグラムはどこだ?」
契約の前に手に入れておきたい。
アスタロトがウソを言っていないと確信するためにも。
「あの木の下だ。地面に埋めてある」
アスタロトは木の一本を指さしてそう言った。
意外と近くだな。
アスタロトは初めから渡すつもりだったんだろう。
フルーレティーに目で合図する。
ほどなくしてペンタグラムを手にした、フルーレティーが目の前に現れた。
デケーな。アスタロトが身につけるだけあって、ペンタグラムは超巨大サイズだ。
俺が手で持つのはムリだな。
――その瞬間、俺とアスタロトの体が光に包まれた。
契約が完了したのだろう。
なるほど。だんだん分かってきた。
文言ではなく、俺が納得した時に契約は結ばれるのだ。
ルールは俺次第ってことか。
「じゃ、扉を設置するか」
こくたんの扉だ。これで門を壊しても、扉で行き来できる。
「召喚士よ。ペンタグラムを破壊すれば門は閉まる。だが――」
アスタロトは途中で言葉を止めた。
それ以上言う必要はないってことだろう。
確かにそうだ。
もう分かっている。このまま門を閉めてはいけないことぐらい。
「ルディーいったん帰るぞ」
「え! 門を破壊しないの!?」
しない。今はまだ駄目だ。
管理者だ。
夢で俺に語りかけてきた、あのジジイ。
俺の見立てでは、アイツも御使いだ。
管理者権限が完全に俺にうつったと考えるのは危険だ。
やつが御使いなら、どっかのタイミングで剥奪される可能性がある。
今、管理者権限を剥奪されたら帰れなくなってしまう。
扉の行き先を、農場に設定しているからだ。
もし、俺から管理者権限を奪い取った奴が、俺を精霊の世界へと入れないようにしたらどうなる?
たぶん、扉を通過することができないだろう。
扉そのものが使えなくなるかどうかは分からない。
だが、精霊の世界に入れなくなることだけは確かだ。
……そうか。
もう精霊の世界へはいけないな。入ったら最後、そこへ閉じ込められる可能性がある。
農場の管理は精霊たちに任せるしかないか。
いざとなったら、召喚で呼び出せるしな。
アスタロトの配下たちと契約をすますと、門をくぐり人間の世界へと戻った。