百七十三話 別視点――テレジアその二
「なにやってんだリンク!」
ひとりの剣士が斥候職に詰め寄った。
「いや、今のは……」
斥候の男は言い返そうとするが、アーチャーの女がそれを遮る。
「言い訳する気? アンタもう少しで味方を殺すとこだったんだよ」
揉め事の発端は斥候が投げたナイフだ。
それが剣士の体をかすめたのだ。
とはいえ、斥候の男が悪いわけではない。
剣士の背後をついた敵に対して放ったのだから。
ナイフ自体は敵に刺さらなかったが、牽制にはなった。
飛んできたナイフに気を取られ、敵の攻撃がワンテンポ遅れたのだ。
そのおかげで、振り向きざまに放った剣士の剣が間に合った。
ところが剣士は、斥候の男を責め続けている。
他のメンバーも同じだ。斥候の男にあからさまに嫌悪感を示している。
「あの、まだ先は長いので、そのぐらいで……」
助け舟をだしたのはテレジアだ。
そっとパーティーメンバーの仲裁に入る。
「チッ、しょうがねえ。確かに村まではまだ距離があるしな。こんなヤツでもいないよりはマシだ」
剣士の男はツバを吐くと、村へと向かって歩きだした。
これから依頼をこなさねばならない。
荒廃した村の墓地を清めるのが、冒険者パーティーとテレジアのミッションだからだ。
「テレジアちゃんは優しいね。こんなヤツのために」
「いえ」
アーチャーの女にそう語りかけられて、テレジアは微笑みで返した。
だが、心の中は嘲りの気持ちでいっぱいだ。
なぜなら、斥候の男が、みなに嫌悪されるのはテレジアの能力のせいだからだ。
テレジアは教会へ行ってから己の能力について学んだ。
周囲に嫌悪をばら撒くだけだったこの力に、一定の方向を与える術を知った。
一定の方向、すなわち誰かひとりに嫌悪を向けるのだ。
今、斥候の男が皆に責められ続けているのは、テレジアの意思に他ならなかった。
こうやってテレジアは、いくつもパーティーを崩壊へと導いてきた。
嫌悪を向けられた者がいなくなれば、また別のものに嫌悪が向くようにする。
やがてパーティーは立ち行かなくなる。
テレジアにとっての快楽は、自分を残してパーティーが全滅することだ。
自分に惚れた男が身をていして盾となってくれれば最高だ。
泣きながらその手を取り、天へと召されるのを見届ける。
そのとき、テレジアの下腹部は異常なほどに熱を帯びるのだ。
男を惚れさせるなど簡単だ。孤立したところに優しい言葉をかけてやればいい。
面白いぐらいにすぐ落ちる。
罪悪感などあろうはずもない。
能力を研ぎ澄ますことが、主の意思なのだから。
テレジアには神の声が聞こえる。
初めて像を見た時から。
神は言うのだ。能力を研ぎ澄ませ、いかなる手段を用いてもと。
自分を連れてきた修道女にも、能力を使うよう求めれらた。
教会内の権力争いだ。所属する派閥にとって邪魔になるものを、人知れず排除してきた。
テレジアは、教会に利用されていることなど分かっていた。
でも、そんなことはどうでもいい。
主のお導きに従えばそれでよかった。
――いや、むしろ利用しているのはテレジアの方だった。
なんの遠慮もなく能力を試すことができたのだから。
それに優越感も満たせた。
彼らの汚い野心など、主はすべてお見通しだ。
すべてを知ったうえで手のひらで踊らせているに過ぎない。
神はかれらに興味など持っていない。
ただ、予定通りに動くコマとしか考えていない。
そんなコマに唯一手をくわえることができるのが自分なのだ。
自分は選ばれし者だ。
真に神の声が聞こえるのは自分だけなのだから。
今も神の声が聞こえる。
「備えよ。サタンの復活は近い。能力を研ぎ澄ませ」
テレジアは主のために全てを捧げる。
血も肉も髪の毛の一本さえも。
もっと能力を研ぎ澄まさねばならない。
標的を確実におとしいれるほどの力を得るのだ。
テレジアは以前、取り逃がした男のことを思い出す。
召喚士の男だ。
いつものように孤立させ、死ぬように仕向けた男。
だが、なかなかうまくいかなかった。
精霊どもがなかなか離れようとしなかったのだ。
おのれの能力を持ってしても引き剥がせない。なんと、いまいましいことか。
二度とあのようなことがないよう能力を研ぎ澄まさねば。
「リンクさん。これ」
テレジアは斥候職の男にナイフを手わたす。
彼が投げてしまったものだ。
口論している間に、拾っておいた。
「あ……、ありがとう」
斥候職の自分を見る目が、明らかに変わった。
好意が愛情になるまで、さほど時間はかかるまい。
「いえ、斥候職のあなたがいるから助かっています。私は戦いは全然だめでして」
さて、村につくまで何人残るか。
テレジアの心は激しく踊るのだった。