百七十二話 別視点――テレジア
テレジアは沐浴をすますと、大聖堂に向かう。
いくつかの扉を抜け礼拝室へ。
両脇にならぶ長椅子とテーブルを抜けると、祭壇の前へと辿り着く。
テレジアは膝をつき、祈りを捧げる。
日は昇っておらず、あたりはまだ暗い。参拝者もいなければ、修道士すらもベッドの中だ。
石の天井を埋めるのは美しい油絵。
ただ、今はほとんど見えず、柱のアーチに描かれた聖ヨハブの足が、ロウソクに照らされ、わずかに見えるのみだ。
テレジアは祭壇の両端にある燭台に明かりをともす。
奥に設置された神の像が怪しく浮かび上がった。
これからテレジアが行うのは清掃だ。聖堂内を綺麗に保つのは、神に仕える者たちのつとめだからだ。
とはいえ、床、机、調度品などには手を触れない。
祭壇の奥に設置された神の像を清めるのが彼女の役割だった。
テレジアは衣服を脱ぐと祭壇を登っていく。
そして、神の像に手を触れると、全身を絡ませた。
「あ、ん」
神の像を丹念に丹念に磨き上げていく。
だが、道具は一切使わない。
おのれの体のみを使って清めていく。
「はっ、ん、んん……」
シンと静まり返った聖堂に、テレジアの息づかいだけが染みわたっていく。
やがて、テレジアはギュギュっと体を縮こませると、清掃は終わりを告げるのだった。
――――
次にテレジアが向かったのは冒険者ギルドだ。
神官と同時に冒険者である彼女は、ギルドの依頼をこなす。
今回、彼女が引き受けるのは荒廃した村の墓地を清めること。
冒険者ギルドより斡旋された冒険者グループと共に依頼をこなすことになる。
とはいえ、テレジアは依頼そのものには、ひとカケラの興味もない。
失敗しようが成功しようがどうでもよかった。
彼女は関心を持っているのは、おのれの能力だけだった。
冒険者パーティーを使って、その能力を研ぎ澄ますのが目的だ。
幼きころから、テレジアの周りでは争いが絶えなかった。
両親は毎日のように喧嘩し、兄弟たちでご飯を奪い合う。
訪ねてきた親戚や友人とも争うこともたびたびだ。
テレジアはなぜ、いがみ合うのか不思議でならなかった。
肉親なのに、なぜ、それほどまで憎めるのだろうかと。
だが、テレジアは成長するにつれ違和感を覚えるようになってきた。
自分が留守にしているときは、両親はたびたび愛し合っているようだったのだ。
兄弟や友達も同様だった。
自分がいないときは上手くまわっているようだった。
やがて、テレジアは争いの原因が自分にあるのではないかと思うようになった。
周囲の人々も同じように感じているようだった。
そんなある日、教会からひとりの修道女がテレジアを訪ねてきた。
なんでも、テレジアを教会で引き取りたいと言うのだ。
彼女によるとテレジアには特別な能力があり、それは神がくれた贈り物であると。
人々の為に、ぜひともその能力をつかって欲しいと。
両親は快諾した。兄弟たちも喜んでいるようだった。
もちろん、テレジアが神から特別な能力を授かったことにではない。厄介払いができて良かったというのが本音だろう。
テレジアは一抹の寂しさもあったが、それほどショックはなかった。
むしろ、納得した。やっぱり自分のせいだったのかと。
そして、この変な能力には、ちゃんと意味があったのだと安堵するのだった。