百七十一話 御使い
「神は我と同じように未来を見通す力を持っている。対抗するためには同じ力が必要だ。我と契約せよ。その対価は、我らの貶められた地位の回復だ。これまで通りだ。問題あるまい」
アスタロトはそう言う。
だが。
問題ありまくりだっつーの!
これでハイ契約しましょうって言おうものなら、神と敵対することが確実になっちまう。
そんなもん、了承できるか!!
「断る!」
「ほう何故だ?」
「俺は神と敵対するつもりなど、これっぽっちもないからだ」
ないとは言い切れないが、これ以外に答えようがない。
コイツは絶対に引き返せない選択肢に違いないのだ。
ぐおおお。アスタロトのやつイヤな手をつかってきやがって。
マジ困ったぞ。これが策だとしたらまんまと引っかかった。
予知能力を明かしたのも、その力を証明したのも全部このためか。
チクショー、最悪の二択じゃねえか。
もうこれでアスタロトを倒す選択は取れなくなる。
たぶん、アスタロトはウソを言っていない。アスタロトの手を払いのければ、神に勝つ術はなくなるのだ。
今後のため、それはできない。
とはいえ、アスタロトの手を取れば神と戦うことが確定してしまう。
悪魔たちすべてを背負って神に反旗をひるがえすことになるのだ。
神の反逆者。すなわち俺がサタンとして。
「どどど、どうしよう?」
超アタフタする。
「ししし、知らないよ。だから言ったじゃん」
ルディーもテンパってる。
うん、そう。確かにルディーは言った。そんな約束して大丈夫? って。
大丈夫じゃなかった。
ドえらいことになってきた。
門を全部破壊するまで、猶予があると思い込んでた。
まだ五個残っているから全然平気だって。
でも、そんなことはなかった。
俺が壊したのはまだ一個なのに、これで決断せよなんて早すぎる。
「ぬぬぬぬ」
「覚悟を決めよ召喚士」
歯ぎしりする俺に、アスタロトが決断を迫ってくる。
バカ言え! サタンになる覚悟などあるわけがないだろうが!!
こうなったら――
「お前と契約する! だが、神とは戦わん!」
神とは戦わない。
むしろ、争いを避けるために予知能力を使うのだ。
俺は未来を知った。
仮にアスタロトが事実を言っているとしても、戦いを回避すべく行動すれば未来は変わるじゃないか。
「なるほど。我の力を神との争いを避けるために使おうというのだな。だが、ムダだ召喚士よ」
「なんでじゃい!」
ムダなことあるかい。
とにかく避けて避けまくるのだ。
予知能力があればできないことはないはずだ。
そもそも、俺の前に神が現れたことなんて一度もない。神託もなければことづても。
これまで通り無関係を貫けばいいのだ。
たとえこれから、神から連絡がきたとしても受け取らなければいいのだ。
こちらへ届くより先に逃げてしまえばいい。
「ククク、ここまできて無関係を装う気か? 笑止。そんな言い分が神に通用するとでも?」
「ぐぐぐぐぐ」
「残念だが、キサマはすでに深く神と関わっている。避ければいいなどといった状況など最初からありえないのだ」
「ウソこけ!」
関わってなんかいねーつーの。俺は教会にもいかんし、洗礼もうけてない。
冒険者時代に傷の治療で訪れたことはあるが、それも昔のことだ。
なんたってパーティーを追放されてから独りきりでやってきたんだ。
「ウソではない。キサマも気づかぬ内に神によって誘導されていたのだ」
「誘導?」
「召喚士よ。今の状況に陥ったのは、自らの選択の結果だと思っているか? 違うな。神によってそうなるように仕向けられた結果だ」
「どういうことだ? おれが操られていたとでも言うのか?」
もしや、力を求め始めたことがそうなのか?
神の意志が俺に力を求めさせたと?
「違うな。操られているのはキサマではない。べつの者だ」
違うのか?
では誰だ?
俺の行動に影響を与えられる者などそうそういないが。
まさかルディー? いや、そんなはずはない。
ならばウンディーネ? いやいや、それも考えにくい。
う~ん、わからん。
「誰だ? まどろっこしい。さっさと言え」
「ククク、せっかちだな。まあいい。その者の名はマスティマだ」
マスティマ!!
……誰?
知らない名なんだが。
「アスタロト。お前、ここまで引っ張っておいて知らない名をだすな」
それはルール違反だ。
見ろ。俺もルディーもキョトンってなっとるだろうが。
「ククク。い~や、キサマは知っている。正しくはテレジア・マスティーマだ」
テレジア!
その名は知っている。忘れもしない。
元パーティーメンバーの女僧侶。あいつの名がテレジアだ。
「召喚士よ。小さな出来事で未来は大きく変わる。その起点となる部分に手を加えてやればいい。それを行うのが御使いなのだ」
なんと!
ここに来て御使いか。
やっとでてきたと思ったら、思いがけないところにいた。
「では、テレジアが御使いなのか?」
「そうだ。御使いとは別に人間を守るための存在ではない。神の都合の良いように未来に手を加える者でしかない」
そうか。だとすると、神に仕える者。
それが御使いとして最も都合がいいか。
「神も我と同じだ。未来を変えないためには己以外の存在に行動させるのが好ましい。それに選ばれた者が御使いなのだ」