百六十七話 ふたつの門
人間の世界へと帰ってきた。
つぎにすることといえば門を閉めること。しかし、近くにある門はふたつ。
「どっちの門にするかなあ?」
正直、どちらが先でもかまわない。
ここから左に位置するのが、ネビロスが守っていた門だ。
くぐればアスタロトに出くわす可能性が高い。
対する右はフルーレティが守っていた門だ。こちらにはベルゼブブがいると思われる。
もはや、どちらにも負けないだろう。
順番が変わる程度で、結果にたいした違いがあるとは思えない。
「コイツで決めるか」
魔法のステッキを取り出す。マルコシアスから献上された品だ。
素材はたぶん樫でできており、持ち手の部分がグルグルっと渦を巻いてコブのようになっている。
そのコブに中には宝石だ。エメラルドだろうか、緑の石が奥の方で輝いている。
「あ~、それ男爵が持ってたやつだよね」
「うん、そう」
ルディーの言葉どおり、もともとは男爵のものだった。
なかば強引に奪い取った形だが、まあいいだろう。
かわりに食料をたくさん置いてきたしな。男爵にとってはそちらの方がより必要だろうから。
しかし、このステッキ、なかなかオシャレだ。
宝石をあとで埋めたというより、宝石を巻き込むように枝が伸びたような感じがなんとも言えない。
神秘的な感じがする。
魔道具だし、たぶんチョー高い。
「それでどうするの?」
そのステッキを見て、イタズラっぽく笑うルディー。
またなにか企んで、みたいな顔をしている。
いや、べつに企んどりゃせんが。
ただ運まかせで決めようと思っているだけだが。
「ステッキが倒れた方向で次に閉める門を決める」
「わあ! そんなことのために魔道具を? すっごくムダ使い」
超高い魔道具を、どちらに倒れるかだけに使う。
ルディーの言うように高級品のムダ使いだ。
これこそ貴族の遊びだろう。
「いきま~す!」
先端を地面につけた状態から、そっと手を離す。
超水平。いや、垂直か?
懇意的な結果にならないように、角度に気をつかった。
その甲斐あってかステッキは手を離したにも関わらず、きれいにそびえたっている。
やがて、徐々にだが左に傾きだした。
左……アスタロトがいる方か。
カラン。
地面へと倒れるステッキ。だが、ここで不可解な出来事がおこる。
なんとステッキは地面に触れた瞬間、きれいにバウンドし反対側へと倒れたのだ。
「え~、どういうこと? なんかバネみたいにビヨ~ンて跳ね返ったよ」
ルディーは気づかなかったようだが、俺は見た。
地面から指の骨のようなものがでてきて、テコ~ンとステッキを弾き飛ばしたのを。
ジト~とした目をネビロスに向ける。
するとネビロスは、あからさまに目をそらした。
ジト~。
目を細めてさらに見る。
ネビロスは背後を振り返って、後ろに誰かいるの? みたいなリアクションをとるのだった。
「お前だ!!」
ネビロスの頭部をワシ掴みにする。
「ハワワ、お待ちください。何のことやらサッパリ」
「ウソつけ!」
さてはコイツ、アスタロトにビビッてるな。
経緯はどうあれ、裏切った形だ。
怒られるのがイヤで、後回しになるようにしたんだろう。
相変わらずセコいやつだ。
「アスタロトが怖いんか?」
俺の問いに無言でうなずくネビロス。
なんかカワイイ。
まったく。クズのクセに変に愛嬌があるからなコイツ。
「しゃーねえ、お前は残っとけ。何かあったら召喚で呼ぶから」
コイツには別の仕事を頼むか。
やらなきゃいけないことはいっぱいある。
それに裏切ったのどうのこうので、話がこじれるのも困るしな。
――――――
「じゃあ、行くぞ」
城の大食堂に開いた門をくぐる。
まあまあデカイ門だ。
俺はとうぜん余裕。フルーレティはちょっと窮屈そうだ。
中に入ると完全な闇。遠くに見える光を目指す。
相変わらず距離がよーわからん。それに、なんとも不安になってくる。
なんというのか、誰かにジっと見られているような、嫌な感覚があるのだ。
やがて、ズズッと体が光に飲み込まれた。
出口だ。視界が大きく開ける。
「これは…」
目に映るのは、見渡す限りの荒野だ。
乾いた大地に、ポツリ、ポツリとまばらに生える木がなんとも薄気味悪い。
この木、なにせ真っ黒なのだ。枯れたのか焦げたのか分からないような、不思議な色をしている。
そんな中、山かと見まごうほどの巨大な生き物がいる。
ネズミだろうか、発達した前歯に鼻の先端は細長く、耳はピンと上に伸びる。
全身を覆う体毛は黒に近い灰色で、一本一本が針のように尖っていた。
そして、その巨大なネズミもどきにまたがる者がいる。
人間に似た形で、背中から真っ白な鳥のような羽が四つ生えている。
この者、ネズミ以上に、とんでもなく大きい。
さらに、服はいっさい身につけておらず、右手に巨大なヘビ、頭部には金色の王冠と、ひと目でタダ者ではないと分かる。
コイツはまさか……
「ヘンタイだ~!!!」