百六十五話 軍団を編成する
ウンディーネに連れてこられたのは城の外だ。ゴツゴツした火成岩が広がる大地の真ん中に、人だかりならぬ悪魔だかりがある。
その数、千は超えているだろうか?
いままだ見た中でも、トップクラスにヤバイ集団だ。
その内の何匹かと目が合う。
コワ!
コウモリの羽をもった筋骨隆々の悪魔だ。ヤギの角を持ち、むき出しの鋭い歯は一本一本が刃のよう。
まさに悪魔の中の悪魔といった感じだ。
フルーレティーによく似ている。
大きさも同じくらいだろうか? 親戚かな?
「グレーターデーモンですね」
俺の視線を追ったのだろう、ウンディーネが教えてくれた。
へ~、あれがグレーターデーモンなんだ。
爵位を持たない悪魔のなかでは、かなり上位に位置するって話だな。
あ! おまえ今、ヨダレを垂らしただろう。
俺はイケニエじゃねえよ。エサを見るみたいな目ぇ、するんじゃねえよ。
他にも目立つやつがいた。
首が八つある巨大な蛇で、よく見ればシッポにも顔がついている。
おとぎ話で聞くヒュドラか? コイツも悪魔なんだな。
この九個の首たち、どれも、とびきり邪悪そうな顔をしている。
ただ、ちょっと暑そうな表情をしているのが、なんかオモロイ。
普段は沼地とか、そういうとこに住んでるんだろうか?
魔界は場所により、さまざまな気候をしているという。
だが、地形も含めてどこも極端で、とても人間が住めるような場所ではないそうだ。
長年住む悪魔は適した体をしているというが、やっぱり人間界は魅力的に映るのではないだろうか。
エサもいっぱいだしな。
そんな悪魔の群れのやや前方、小高い丘のような、岩のような場所がある。
あそこが目的地だ。
あの上に立って演説するのだ。
バシッと決めて皆の心をワシづかみにしよう。
テクテクテクと歩いて丘を登っていく。頂上で待つのはイフリートだ。
近づく俺の両側には、ネビロスとフルーレティーがよりそう。
一触即発とでも思っているのだろうか、集まった悪魔どもに緊張が走ったのがわかった。
やがて頂上へと到着。
イフリートは首を垂れると、俺の後ろにひかえる。
両側のネビロスとフルーレティーも、俺にむかって片膝をつき、うつむき加減で胸に手を当てた。
そうだ! 俺がボスだ。
お前たちがこれから仕えるのは、このちっぽけな人間なのだ。
効果はてきめんだったようだ。悪魔どもの俺への視線が一瞬にして変わったのがわかった。
よかった。みな理解してくれたようだ。
ネビロスたちを連れて来た甲斐があったのう。
見た目でナメられると困るからな。
パフォーマンスで誰かを捻り殺すワケにもいかんし。
「聞けい! 我がエム・サモナイトである!!」
シンと辺りが静まり返る。
ゴボゴボと湧きたつマグマの音がやけに大きく聞こえた。
「キサマらの望みをかなえてやる」
とりあえずデッカイことを言う。
とくに演説内容は決めていない。その場の空気を読みつつ、みなが喜びそうなワードをチョイスしていこう。
「お前たちは現状に満足しているか? ――いや、してはいまい。だからこそ、ここに集まっているのだ」
今のところ反応は悪くない。
悪魔どもはジッと耳を傾けている。
「神とみ使いによって、ここへ落とされた者も多かろう」
お! なにやら前のめりになるやつがいた。
よしよし。やっぱこのへんだな。多くの者が、神やみ使いに、いまだ恨みをもっているのだろう。
「悔しいか? 悔しいであろう。その思い、我に託してみよ!」
ゴアアァと吠える声がした。
いいぞ。だいぶ心を掴んでいるな。
「我ならできる。我とともに歩め。不当に奪われし、その地位と名誉。いまこそ取り戻すのだ!」
その瞬間、ものすごい歓声があがった。
うなり声みたいなものも多かったが、喜んでいるのはよく分った。
どうやら演説は大成功のようだ。
まあ、あるていどイフリートたちが場を温めてくれてたんだろうけど。
――――――
「マスター大丈夫? ドえらいこと約束してなかった?」
丘をテクテクと降りていると、ルディーに話しかけられた。
そう?
へーきへーき。具体的に何をするかまでは言ってはいない。
あくまで未来へのビジョンを示しただけだ。
それに、契約すれば俺の影響を受けて性格が変わるというじゃないか。
だったら、契約後の望みがマイルドになっていることだってあり得る。
そこまで神経質になる必要はないじゃないか?
それよりもだ。
大事なのはこの先、どのように契約をまとめていくかだ。
「よ~し、一列に並べ。ひとりずつ要望を聞いてやる」
これから個々の望みを聞いて、すり合わせしていくのだ。
言うならば、コイツらは野良悪魔。誰かの下に属しているわけではない。
まとめて契約などどいった雑な行為ができんのだ。
まあ力で従えれば、できないこともないが、可能な限り望みを聞いてやりたいところだ。
無条件で配下となった者たちと差がでてしまうが、しかたがない。
そこは出世が早いとかで調節していこう。
傭兵と同士の違いみたいなもんか。
働きに応じて報酬を支払う傭兵的な扱いと、理念に賛同するものたち。
それぞれ役割が違って当然だからな。
「じゃあ、わたしはこのへんで……」
なんとなく不穏な空気を察したのであろう、ルディーがどこかへと飛んでいった。
ずいぶんとカンがいい。なにせこの後、超事務的な作業が待っているのだ。
「ピクシー召喚!」
俺が手をかざすと、地面に魔法陣が描かれる。
すぐにルディーが姿を現した。
「オマエは書記だ。契約内容を書き記すんだ」
「え~」
逃がすわけねーじゃん。
「メモしとかねえと、誰と何を約束したか覚えられねえんだよ」
「忘れっぽい神様だね。というか、完全に魔王だよね」
たしかに。
これだけ悪魔を従えていれば、魔王と言われても違和感がない。
しかし、親しみやすい魔王だな。冒険者ギルドの受付みたいなことをやっとるし。
「何か欲しいものはあるか?」
大きなカマを持った、体の透けたガイコツに問いかける。
「タマシイ……」
「却下だ」
やれるかそんなもん。
別のもんにしろ。
「では髪の毛を……」
「俺の?」
ガイコツはうなずく。
マジかよ。コエ~よ。俺、呪い殺されるんじゃねえの?
フルーレティに問題ないかと、こっそり尋ねる。
「大丈夫です」
ほんとかよ!
「髪の毛ていどでどうこう出来るレベルではもうないようですね」
そう耳打ちしてくれたのはウンディーネだ。
そうか?
たしかにフルーレティの毒でもゲリですんだもんな。
「ホレ、もっていけ」
えりあしを少し切って手渡す。
ガイコツがそれをうやうやしく受け取ると、お互いの体が光った。
あ、これで契約成立なんだ。
いつものやついらんのね。
「次!」
サクサクやっていかねえと終わらねえ。
今度は下半身と髪の毛がヘビの女に、おまえは何だと問いかける。
「爪が欲しゅうございます……」
「おまえら俺をバラバラにするつもりか!」
千個に分解されてはたまったものではない。
「却下だ。他のものにしろ」
こうして行列をさばいていくのであった。