百六十四話 俺のせい?
扉を通って魔界へとやってきた。
まず目に入ったのは赤い絨毯だ。まっすぐ縦に伸びている。
そうなのだ。扉をあらたに設置したのは王の間。玉座があったであろう場所にバイ~ンと置いてやったのだ。
「お待ちしておりました」
そんな俺たちを迎えてくれる者がいる。
ウンディーネだ。彼女にはイフリートと共に俺の配下になりそうなやつを集めてもらっていた。
「どう? 集まってる?」
「はい、十分とは言えませんが、それなりに」
よかった。呼びかけに応じたのがゼロとかだったらカッコ悪い。
新しい配下を前にして、無様な姿を晒すわけにはイカンしな。
「ホホウ、ココニデルのカ」
その配下のひとりネビロスは、アゴに手をやり周囲を見回している。
なんか知った風なクチをきいているけど、ほんとうに場所が分かってるのだろうか?
コイツは俺が扉を通過する瞬間、ぴったりと後ろについてきた。
たぶん順番にこだわっているのだろう。自分が一番の臣下だとアピールしているのだ。
アホくさ。
パフォーマンスじゃなくて実績で示してこその実力なのに。
「せまっ」
一方、もう一人の配下、フルーレティは扉に引っかかっている。
ジャンボサイズの彼には、この扉は小さすぎたようだ。身をよじるようにしてなんとか通過してきた。
すまんな。これからはもっと大きく作るから。
このフルーレティ、見た目的にも喋り方的にも豪胆な印象があったのだが、こうして時々お茶目な一面を見せてくる。
意外と取っつきやすい性格なのかもしれない。
どうも俺が仲間にした悪魔たちは極悪な印象が少ない気がする。
もちろん、本性は残忍極まりないんだろうが、俺と接しているときはあまりそんな感じはしないのだ。
「やっぱりマスターのせいだよね」
俺?
ルディーは俺が影響を与えているのだと言う。
表面的なものじゃなく、性格そのものに。
なんでも、俺が契約者から力を受けると同様に、自分たちも俺から精神的な影響を受けているのだと。
そうなの? ほんとに?
「ルディー、おまえまさか自分がドジなのを俺のせいに……」
「失礼ね! もともとわたしはクールビューティーよ!」
それはウソだな。
俺が知らないからと過去を改ざんするつもりだろうが、そうはいかん。
ルディーは昔からこのまんまだと断言できる。
以前の知り合いに会ってみろ、「ルディーは昔から変わらないね」って言われるに決まっているのだ。
しかし、まあ、性格の変化は十分あり得るか。力や能力が伝達するなら精神だってうつって当然なのだ。
俺がしているのは双方の同意にもとづいた契約だ。互いに影響しあうのがむしろ自然だろう。
ここで、ふと思った。
悪魔に貶められた者どもは、誰かの影響を受けているのかな? と。
悪魔とは概念の存在だ。邪悪だと思うみなの心から、なんらかの影響を受けていもおかしくはない。
悪魔だと思う心が、悪魔をより悪魔らしくしているのだ。
だが、俺は思う。
そもそも、悪魔という概念を植え付けた者は誰なのか? と。
イフリートが言うには、精霊や妖精、土着の神が悪魔にされたという。
そいつらはもともと邪悪なのか?
……こんなこと昔は考えもしなかった。
もちろん、知らないのだから考えようがないというのもあるが、それだけではない。考え方そのものが変化している気がする。
これが以前イフリートが言っていた、神からの支配の脱却なのだろうか?
ふと、ウンディーネと目が合った。
そういえば彼女は「自分の目で見て判断して欲しい」と言っていた。
それは門を閉じることだと思っていたが、それだけじゃない、悪魔の存在そのものに疑問をなげかけていたのかもな。
俺の心を知ってか知らずか、ウンディーネはニコリとほほ笑む。
それから、彼女は新しい配下に目を向けた。
「また増えましたね」
「ああ、あの骨がネビロスで、デカイのがフルーレティだ」
ウンディーネはその名前に一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにいつも通りの顔に戻る。
やっぱりフトコロが広いのう。まるで聖母のようだ。
間違えてカーチャンて呼ばないように気をつけよう。
「少し雰囲気が変わりましたか?」
俺か?
まるで見透かしたようなことを言うウンディーネ。
そりゃどうも。
「ナニをアタリマエのコトを……」
ネビロスがヌルっと入ってきた。
「このネビロス、アルジさまの日々カガヤキを増す御姿に、感服しツヅケテおりマス」
ウソつけ! 新入りが知るわけねえだろ! 黙ってろ!!
しかし、まあ 神がどうのこうのは置いておいて、多少なりとも雰囲気は変わったかもしれないな。
今回、フルーレティーとネビロスだけでなく、その部下も吸収した形だ。
自分自身、これまで以上に力の強化を感じる。
よくまあこの小さい体に、これほどの力がおさまるものかと感心するほどだ。
だがのう。
「あんま変わると困るんだけどな。商売ができななくなる」
「まあ」
クスリと笑うウンディーネ。
そういやこいつもちょっと変わったよな。
「大丈夫です。あなたはあなたのままですよ。今までも、これからも」
……なんか照れるな。
ちょっと話題を戻すか。
「じゃあ、さっそく会おうか。すんなり契約できればいいんだけど」
「問題ないでしょう。みな、ある程度納得してここに来ております。それに、彼らもいますし」
そうなのだ。
性格はともかく、フルーレティとネビロスの存在は大きい。
二人は三大悪魔につぐ実力者。それが配下になっていると知れば、交渉もしやすかろう。
計算通りではある。
ちょっと上手く行き過ぎた気もするけど。
ちなみにマルコシアスはスタートスに戻ってもらった。
門は二個とも開いたままだ。出てきた悪魔から街を守る必要があるからな。
では参りますか。
今度はどんな悪魔に会えるんだろうな。