百六十二話 契約の条件
フルーレティは俺の軍門に下るつもりはなさそうだ。
どうしたもんかね。
やっぱ、力だけで屈服させるのは難しいか。
「ならば死ねい」
念動力で地面に押しつける。フルーレティは手をついて耐えるも、俺が出力を上げるとともに、地べたに顔面を落としていった。
「グッ、グ、グググ」
フルーレティの体は徐々に地面にめり込んでいく。
丈夫だな。なかなかペチャンコにならんのぅ。
「フ、フハハハハ」
「ん? どうした? 思い出し笑いか? 余裕だな」
フルーレティーのやつ、急に笑い出しよった。
痛めつけられるのが好きなのかな?
ヘンタイだな。
「ククッ、死ねだと。愚かな。われらは死なぬ。いちど体は滅びようとも、また魔界で復活するのだ」
知ってるよ。そんなこと。
でもさ。
「い~や、そうはならないね。もしかして忘れてる? ネビロスがいることを」
「なに!?」
「肉体が完全に消滅する前に、あの香炉でキミを復活させるじゃん? するとだ、キミは晴れてネビロスのシモベになるわけだよ」
「ヌ!」
「あの性格だよ。キミ耐えられる?」
「……」
フルーレティは黙り込んでしまった。
苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
そんなに嫌か。
そうだろうね。そうだと思って言ってるんだよん。
「きみら仲悪いんだろ? そんなヤツのシモベになったらどんな扱い受けるか想像つくよね」
「……」
フルーレティは喋らない。
だが、心の内は激しく動揺しているだろう。
「ネビロスの言うようにさ、俺はまだまだ悪魔を傘下におさめると思うのよ。早めに入っておいたほうが得じゃない? 俺、強さだけでなく功績で順位決めるとこあるし、弱っちいやつの下につくのイヤだろ?」
フルーレティの目は完全に泳いでいる。
ははは、メチャメチャ迷っているなコイツ。
「それとは別に、ちゃんとしたメリットだってあるぞ。すでに仲間になったイフリートとかマルコシアスの望みは、神に貶められた地位を回復することだ。おまえだって、もともとはどこかの精霊か神だったんじゃないのか? かつての姿を取り戻したくないのか?」
正直、悪魔をどうするか決めあぐねている部分はある。
滅ぼすか、魔界に幽閉するか。
だが、イフリートの話だと、神と敵対した者が悪魔とされた。せめて俺に従ったやつらには、それなりの落としどころを見つけてやりたいところだ。
あ、ネビロスは別な。あいつは未来永劫コキ使ってやる。
「アルジさま。ソイツは生まれながらのアクマでゴザイマス。ジヒをかけてはナリません」
そのネビロスが耳元でささやいてきた。
いつの間に近づいてきたんや、お前? しかも、口からでてきたのは、告げ口だ。明らかにフルーレティを貶めようとしている。
オマエほんといい性格してんな。
小物にもほどがある。
まあいい。今はこれも交渉材料になる。
「フルーレティ、最後のチャンスだ。俺の下につくか、このネビロスのシモベとなるか選べ!!」
念動力を解くとフルーレティの答えを待つ。
これで断わりゃ、本当にアンデッドになってネビロスのシモベとして働いてもらうことになる。
さて、どうする?
「……分かった従おう」
フルーレティはガクリとうなだれると、力なくそう返答した。
よっしゃ! 落ちた!!
「だが、条件がある。ネビロスと同格かそれ以上にしてくれ」
フルーレティの願い。それは地位の回復ではなく、ネビロスの下には絶対つきたくないというネガティブなものだった。
そんなに嫌か。まあ、そうだよね。
一生こんなやつにコキ使われると思うと、絶望しかないし。
だが、そのときネビロスが口をはさんできた。
「カカカカ、ブザマにマケたヤツが条件をダスとハ、片腹イタイ。ドレイカラやりナオシて――」
「うるさい」
ネビロスの頭にゲンコツを落とす。ゴスっと音がして、ネビロスは膝まで地面に埋まった。
「いいだろうフルーレティ! お前は俺の直属とする。我が手足となって、その力を思う存分発揮せよ!」
「ソンナ! ワタシのホウが先に従いマシタ。それに、コウシテお役にも立ってるデハありまセンカ」
イッチョ前に抗議の声を上げるネビロス。
なにを言っとるんじゃオマエ。まさか本当にフルーレティを自分の下につけられると思ってたんか?
おまえは役になんか立ってないだろ。むしろ俺を盾にしただろうが。
おまえは汚い仕事専属じゃ。這いつくばって床でもキレイにしとけ。
地面に埋まりながらも、しつこく身振り手振りでワーワー文句を垂れるネビロスを無視して、フルーレティとの契約を進める。
「フルーレティ、誓いの言葉を言え」
「わが名はフルーレティ。この身が尽きるまで、あなたに従います」
よし! 決まりだな。
「よく言った! わが名はエム・サモナイト。汝フルーレティとの契約完了を、ここに宣言する。
フルーレティーと俺の体が光に包まれるのだった。
※ネビロスの香炉。
死んだ者をアンデッドとして従えられる。
この香炉の制御下にあるものは、意思のない操り人形として永遠の時を過ごす。
ただ、主人公エムによって再び蘇ったネビロスは、その膨大な魔力から自我を保つこととなった。
小物なのは昔からだが、なんとなく主人公の負の部分を受け継いでいるような気がしなくもない。