百六十一話 フルーレティとの戦い
「フルーレティ。お前には二つの選択肢を与える。わが軍門に下るか、今ここで消滅するかだ!!」
俺の言葉にフルーレティは顔をしかめた。
「お前に従えだと……」
まったくもって納得していないご様子。
そりゃそうだよね。見ず知らずのヤツにいきなりそんなこと言われても、なんのこっちゃって話だし。
コイツを従わせるには力を見せつけるしかない。
俺の下につくメリットと、つかないリスクをしっかり分からせるのだ。
「ねえ、マスター。いつから神になったの?」
耳もとでルディーがささやく。
ネビロスが言っていた、新たな神ってやつだな。
しらん。アイツが勝手に言うとるだけや。
まあ、悪魔を傘下におさめるなら、ただの人間より聞こえがいいだろうしな。
利用できるもんは利用してやろう。
契約さえしちまえばコッチのもんだし。
「フルーレティ、決断は早い目に頼むぜ。死んじまったら返事できないだろうしな」
それだけ言うと、両手に炎を灯す。
鬼火の炎だ。そいつを交差させるように、ゆっくりと左右に揺らしていく。
すると鬼火は、その動きに合わせて四つ五つと分裂していった。
「くらえ!」
ポイッチョ。
鬼火を投げる。その数は左右合わせてちょうど十。
だが十の鬼火は、さらに空中で分裂を繰り返し、20、40、80、160と凄まじい勢いで増えていった。
自動で追尾する炎が数百。
さあ、フルーレティ。どうする?
「ありゃ?」
突如、鬼火の炎が動きを止めた。
それぞれ異なる軌道でフルーレティに向かっていたが、それが急に追うのをやめたのだ。
それもそのはず。フルーレティの姿が、背景に溶け込むかのように消えていったのだ。
標的を見失った鬼火は、ただ周囲をただよう。
「ヤロウ。どこへ行っ――あいとゎ!」
ケツに痛みを感じて振り返る。
すると赤い針のようなものが、宙に浮かんでいた。
グオオオ。なんじゃコレ。
フルーレティか。姿を消して忍び寄ってきたのか。
「フンガー!」
針の後方に狙いを定めてコブシを振るう。赤いのは俺の血、その後ろにヤツはいるはずだ。
――だが、俺のコブシは空を切った。
赤い針もコトリと地面に落ちる。
「フルーレティのシッポ攻撃デス。ステタのでショウ、ソノとても鋭利な先端ハ、イクラデモ生えてくるのデス」
ネビロスが説明してくる。
おせーよ!
俺が食らう前に言えよ!
つーか、お前喋れんのか? さっきアゴ外したばかりなのに。
「チュウイしてください。ヤツにはマホウがキキマセン。肉弾戦でタオスしかないのデス」
いまさら過ぎる情報にイラつきながらも、喋るネビロスを観察する。
なんとも器用に外れたアゴのまま言葉を発していた。
――まあ、当たり前か。
舌もなければ肉もない。そもそも喋ること自体がおかしいのだ。
考えるだけムダなんだろうな。
「マスター、気をつけて!!」
わかってる。
ルディーに言われるまでもなく、すでに回避行動をとっていた。
左右に体を揺らしながら、場所を変えていく。
それを追うように、ピシリ、ピシリとシールドに亀裂が走る。
やはり来た。フルーレティの連続攻撃だ。見れば亀裂の中央には小さな穴がいくつもあいていた。
やるな。こうまで容易く、俺の強化されたシールドを突き破るとは。
しかし、どこ行った?
やつの気配が感じられない。
これだけ接近して攻撃していれば、なんとなく居場所がわかりそうなもんだが。
こいつはもしかしたら、針のような先端だけ飛ばしているのかもな。
「ならばコイツはどうだ? 超低温!」
姿が見えなくてもやりようはある。
周囲の気温を一気に下げた。
すさまじい冷気が俺を中心に放射状に広がっていく。
パリッ、パリパリパリッ。
木も土も凍っていく。土中の水分は凍結して土を浮かせ、霜柱となる。
葉に含まれる水分は、木に氷の花を咲かせた。
それだけではない。空気中の水分すら固まり、キラキラと光を反射するのだ。
あっという間に、辺り一面銀色の世界へと変貌した。
そんな中、まったく変わらない場所がある。
術者である俺の周りと、ネビロス。そして、やや離れた位置にある、なにもない空間だ。
あれだな。
一気に距離を詰める。
その、なにもない空間の近く、キラキラと光る粒子が、何者かに押されて動くのが見えた。
逃がすか!
サッと手を伸ばす。
掴んだ!!
「ゲブゥ」
フルーレティのうめき声が聞こえた。
どうやら俺の手は、ヤツの首をしっかりとらえたようだ。
「どうする? 降参か? このまま握りつぶすぞ!」
フルーレティの首はけっこう太い。まるで木の幹のよう。
いけるか?
しっかりと両手で掴むと力をこめる。
ミシミシと骨がきしむ音がした。
「ガ、ガッ、ガハッ」
苦しそうな声と共にフルーレティの姿が現れた。
やはり俺の手は首を掴んでいたようで、その手がフルーレティの太い首に深くめり込んでいた。
あ、ちょっと力をこめすぎたか。
フルーレティはダラリと力をなくすと、膝から崩れ落ちる。
イカンイカン。
これでは降参する前に死んでしまう。
握る手を緩めた。
が、その瞬間!
フルーレティのシッポの先端が、俺の顔を目がけて伸びてきた。
ムダだよん。
見えてりゃ食らうかこんなもん。
シッポがピタリと動きを止める。
念動力だ。
もう逃げられない。完全に自由をうばった。
そのままシッポの先端をフルーレティ自身に向ける。
「グググ」
念動力にあらがうフルーレティ。
だが、ムダだ。
キサマの腕力より、俺の念動力の方がはるかに強い!
「グアッ!」
シッポの先端がフルーレティに突き刺さった。
勝負あったな。あとはいかようにでも調理できるだろう。
まあ、念のために背中に魔法陣を描いておくか。
これでどこに逃げようが透明になろうが、レイスを召喚して生気を吸わせればいい。
「俺の勝ちだな。どうだ。従う気になったか?」
「ククッ、誰がキサマなんかに」
フルーレティは降参する気はなさそうだ。
まあ、悪魔だしなあ。これまでがうまくいきすぎてただけだし。
どうするかな……