百六十話 ネビロスの実力
「いた。あいつがフルーレティか」
荒れた大地にポッカリ開いた黒い空間があった。その周りを囲むように、多数の悪魔が陣を張る。
その中でも、ひときわ禍々しい気配を漂わせるヤツがいた。
緑の体に細長いシッポ。人に似た二足歩行なれど、顔つきは爬虫類を思わせる。鋭い爪と牙を持ち、背中にはコウモリの羽だ。
ザ・悪魔って感じだな。
ここに来るまで街を三つほど通過した。
その全てが無人だった。
ひとつはネビロスの仕業。だが、残りのふたつはフルーレティの仕業だ。
やってくれるね。
この落とし前はキッチリとつけさせてもらう。
地面に降りたつと、悪魔たちへ向かって歩いていく。
今回は不意打ちはナシだ。真正面から叩きのめして力の差を分からせるのだ。
あわよくば配下につけようって算段だ。三大悪魔と戦うのならば、まだまだ力がいるからな。
先頭を歩くのはネビロスだ。
なんでも、フルーレティとは浅からぬインネンがあるそうで、一番槍を申し出てきたのだ。
ネビロスを見て悪魔どもがザワついた。
人間の体に羊のあたま。巨大な斧を持った牛人間など、動物に似た容姿の者が多い。
みな強そうだ。それに統率もとれている。
軍隊としてはかなり厄介そうだが、さて。
ふいに、何匹かの悪魔がネビロスに飛びかかった。
だが、突如地面から湧きだした骨のヤリに串刺しにされる。
ほう! やるじゃねえかネビロスのやつ。
さすが上位悪魔といったところか。
小物臭ただようキャラで勘違いしそうだけど、こいつマルコシアスより位が高いんだよな。
ほんらいアスタロトに次ぐ実力者で、多数の軍団を指揮する司令官なのだ。
「これはこれは。ネビロス大公閣下ではないか」
悪魔どもの陣がふたつに割れ、中からフルーレティが現れた。
なんとも嫌らしい笑み。耳まで裂けた大きな口から、ヌルリと長い舌が伸びている。
「わざわざやられに来るとは脳まで腐ったか。これまで通り悪臭を放つ亡者の群れにコソコソと隠れておればよいものを」
フルーレティーは、なかなかの毒舌ぶりだ。
どうやら仲が悪いのは本当だったようだな。心底見下したような目をネビロスに向けている。
「カカカ、ベルゼブブのコシギンチャクごときがエラそうなクチをキク」
しかし、ネビロスも負けてはいない。歯をカカッと鳴らし言い返し始めた。
「ソモソモ悪臭をハナツのは、キサマのホウではナイカ。全身ミドリのカメムシが! 近づかナカッタのは、ソノニオイをさけるタメヨ」
カメムシ!
やるなあ、ネビロス。
口の悪さはネビロスの方が上か?
フルーレティもネビロスどうよう三大悪魔に次ぐ高位悪魔だ。
いわば司令官同士の戦い。
これはちょっと楽しみかも。
「言うではないか、ガイコツ風情が。お前を生かしておいたのはベルゼブブさまを楽しませるための余興に過ぎぬ。それを勘違いして増長しおって! その頭部をもいでベルゼブブさまを迎える祭壇に供えてくれるわ!!」
「フン! 祭壇にオサマルのはキサマのクビだ。シニクにタカるベルゼブブもさぞヨロコブだろう」
「キサマ!!」
大将をけなされて怒り心頭といったフルーレティ。
あたりにピンとした空気が流れる。
そろそろ始まるか?
「ククク。ガイチュウ二匹にそろわれてハ、クサクテかなわん。キサマだけでも先にホオムってやろう!!」
先に動いたのはネビロスだった。サッと身をひるがえすと、俺の後ろに隠れたのだ。
……え?
困惑する俺。そして、フルーレティも。
「アルジさま。ガツンとかましてヤリましタ。アノようなムシケラなどヒトヒネリにしてやってクダサイ」
そう言って、俺の背中をグイグイと押すネビロス。
オマエというやつは。
「ネビロス。どういうことだ?」
理解が追い付かないのだろう、フルーレティはネビロスに問う。
「カカカ、コノお方こそワレのアタラシイアルジよ。キサマなどイッシュンにしてチリにしてくれようぞ」
なおも俺の背中で吠えるネビロス。
なんたる小物ぶり。
フルーレティとネビロスの仲が悪い理由がわかった。
そら、こんなやつと仲良くできるわけないわ。
「主? この人間……が?」
フルーレティは疑るような視線を俺に向けてくる。
やあ、どうも主です!
シモベが小物でスマンね。
「人間が主……まさか、み使いか!? いや、しかし――」
「ミツカイ? ククク。ソノヨウナモノではないわ! コノオカタハ、アラタナ神よ! スデにオオクノアクマがそのグンモンにくだった。いずれスベテの――」
しゃべりすぎ。
うるさいのでネビロスの顎をコキッっと外した。
戦わねえんなら、そこでおとなしくしてろ。
「まあそういうことなんで、俺が相手をさせてもうらおうか」
ここで改めてフルーレティに宣戦布告する。
ネビロスは後で死刑な。
「フルーレティ。お前には二つの選択肢を与える。わが軍門に下るか、今ここで消滅するかだ!!」