百五十八話 真の悪魔
ポキン。
ネビロスの首の骨はいともたやすく折れた。
支えを失った頭部が、ポロンと床に転がる。
勝負あったか?
――いや、まだだな。
ネビロスの頭部は、まるで時間を巻き戻すかのように、再び胴体へくっつこうとする。
爪で切り裂かれた胴体も同様だ。えぐられた傷が、みるみるふさがっていく。
「やっぱそうきたか」
その程度は想定内。
すかさず距離を詰めると、ネビロスの持つ香炉に手をかけた。
「ちょーだいなと」
力まかせに奪い取る。
ベキリと骨が砕ける音がした。
しかし、そんなものはお構いなしだ。
骨の手がついたままの金の香炉を手にいれることに成功した。
「ソレヲ……カエセ!」
「やだ」
奪い返そうとするネビロスに、至近距離から風魔法をぶっ放す。
コナゴナだ。
ネビロスの首から下は、はじけ飛んで床に散らばるのだった。
「いえ~い、首ゲット!」
ネビロスのしゃれこうべをワシ掴みにする。
顔を覗き込むと、くぼんだ眼窩に灯る炎が恨めしそうに揺らめいていた。
「死んではいないな。よしよし」
しゃれこうべをドライアドのイバラで固定する。
手に吊り下げられるようにだ。
「よし! おしゃれランタンの完成!!」
右手に香炉、左手にしゃれこうべのランタンだ。
明かりと供養を兼ね備えた二刀流ネクロマンサーの誕生だ。
「この香炉、俺にも使えるのかな?」
ネビロスは再生していない。ネクロマンシーの源が、この香炉にあるのは間違いなさそうだが。
「骨ども、いでよ!」
元気よく香炉をかかげる。
すると、周囲に散らばっていた骨やら灰やらがひと固まりになっていき、そこからスケルトンどもが現れるのだった。
「おお~」
「すご~い!」
やったぜ。死者を復活させることに成功した。
あとは言うことを聞くかだな。
「整列!」
俺が号令をかけると、スケルトンたちは横一列に並んだ。
「お~」
「さすがマスター、これで誰か死んでもすぐ補充できるね」
怖いこと言うな。
でも、たしかに。
たとえわが部隊が戦いで命を落とそうとも、骨としてふたたび戦場に送り込める。
それだけではない。
倒した相手すら自分の戦力にできる。無限とも言える兵力を得たことになる。
「カエセ。それはオマエごときがアツカエルシロモノではない。かならずコウカイするぞ」
お決まりの脅し文句を言うネビロス。
はっはっはっは。ワロス。しゃれこうべごときがエラそうな口を。
「返すわけないじゃん。返したほうが後悔するわ!」
せっかく奪った敵の武器を返すアホがどこにいるんだっつーの。
「こいつは俺が有効に使わせてもらおう。だいじょうぶ、じゃれこうべのキサマにもちゃんと使い道を考えてある。照明として便所に吊るすのはどうだ? 毎日顔を合わせることになる。さみしくはないぞ」
「わ~、悪趣味。わたしイヤだよ。マスターのトイレで使ってよ」
そうだな。使うとしたら商会のトイレか。
会長室のとなりあたりに俺専用トイレをつくってそこに吊るす。
最初は違和感があるかもしれんが、いずれなれるだろう。ちょっとした話し相手にもなりそうだしな。
「キサマ……」
「でも、その前に一緒にきて欲しいとこがあるんだ。フルーレティーんとこ。なんかオメーの首を持っていったら褒美くれるらしいじゃん?」
テキトーなことを言う。
引っ搔き回してやるのだ。いがみ合っているのなら、その溝をもっともっと広げてやるのだ。
「ナ! バカナ。オマエ――」
「てことなんで、よろしくたのむよ」
「マ、マテ……」
「ん? な~に?」
あっさりと食いついた。
チョロイなこいつ。
「ホシイのは金か? ソレトモチカラか? わが主アスタロトサマにワレをとどけてくれたら礼はハズモウ」
「へえ、買収しようってのか? ん~、どうしようかなー」
まあ、どうするもこうするもおまえら全員死刑だけどな。
この感じだとアスタロトってやつにも勝てそうな気がする。
俺はもっともっと強くなるんだ。この香炉がありゃあさらにな。
「でもさ、そのアスタロトんとこ行ったら、この香炉返すことになるじゃん? なにくれるか知らないけど、ぜったいこっちの方がいいと思うんだよね。なにせ死者を自由に操れるわけだろ?」
「フン、ニンゲンなどに使いこなせるモノカ。ソノ香炉はモチヌシの生気をスウ。ツカイつづければオマエもスグニ死者のナカマイリダ」
なんかぶっそうなことを言い出した。
どうせ苦し紛れだろうが、ちょっと気になる内容だ。
「またまた。つくんならもうちょっとマシなうそをつけよ」
「ウソではない。ワガニクタイをミヨ!」
肉体? ミヨって言われてもご覧の通りバラバラですけど。
風魔法で木っ端みじんにしたんですけど。
残ってるのは、よく喋るしゃれこうべだけですやん。
「そうだな。ちょっと頬がコケてるな」
せめて残されたしゃれこうべを見るとしよう。
よくよく見れば、細かい違いに気づくかもしれない。
「それに目もくぼんでる。あと鼻が低くて歯がまる出しかな?」
「ソウではない。ワレノヨウニ骨だけのスガタにナルというコトだ」
え!? マジかよ。
ホネになるのはさすがにゴメンやぞ。
ちらりとマルコシアスの方を見た。
すると彼は、ゆっくりとうなずき言う。
「さもありなん、ですな」
ええ~!
せっかく手にいれたのに使えないのかよ。
世界を救うために骨になりましたなんて、絶対にヤダぞ。
「じゃあさ。オメー俺と契約しねえ?」
だったらもう契約してしまおう。
そしてコイツに使わせればいいのだ。
契約者の力は俺の力。なにも俺自身で香炉を使う必要はない。
使い続ければガイコツなるというのならば、やっぱりガイコツが適任なのだ。
しかし、ネビロスは言う。
「フッ、キサマのシタにつけと? オロカモノめ。ワレはアスタロトさまの腹心。キサマなどにシタガウと思うてか」
あっそ。じゃあいいや。
イバラで吊るしていたネビロスの頭をワシ掴みにすると、力をこめた。
ミシミシと骨が軋む音がする。
「イガガガ。マ、マテ」
やだ。待たない。
フルパワー!!
「ハガガガガ」
パキャン!
ネビロスのじゃれこうべは負荷に耐え切れず、コナゴナに砕け散った。
「あ~あ。やっちゃった」
ルディーがやれやれと首を振る。
「ふはは。どうだ、わが握力のすさまじさは!」
「どうすんのマスター。ベルゼブブのところに首持っていくんじゃないの? 壊したら困らない?」
ハッハッハ。心配ご無用!
「復活せよネビロス!」
俺が香炉をかかげると、砕け散ったしゃれこうべとその肉体が、すさまじい勢いで再生していく。
あっという間に以前の姿に元通りだ。
「ネビロスよ我と契約せよ! もちろん対価はナシで」
「……ハイ」
俺とネビロスの体が光につつまれた。
よし! 契約成立!!
金の香炉をネビロスに渡す。
「よ~し、俺のために頑張って働いてくれよ。一生な」
「……ハイ」
ネビロスは力なくうなずくのだった。
ハハッ! 最初からこうすればよかったんや!!
未来永劫、死んでもタダ働き。得したね!
「ほんとうの悪魔はマスターなんじゃないの?」
ルディーのツッコミは聞こえないフリをした。