百五十七話 金の香炉
「ネビロス、フルーレティだけの争いに収まらず、そのうえのアスタロト、ベルベブブがでてくる可能性がございます」
マルコシアスはなんとも不吉なことを言う。
アスタロト、ベルゼブブは俺でも知っている超有名悪魔だ。
その二人にルシファーを加えて三大悪魔と呼んだりもする。
ハッキリ言ってかかわり合いになりたくない。見つかる前にコッソリと門を閉めたいところ。
「ちなみにさ、強さはどんなもん? 俺、勝てそう?」
いちおう聞いておく。
勝てそうなら正面からどうどうと行って門を破壊する手もなきにしもあらず。
「それはなんとも。私が見たのは力の一端にしか過ぎないので」
だよな。
俺も全力を見せたわけでもないし、相手だってそうだろう。
それにたとえ力で勝っていても、戦い方次第ではあっさり負けることもあるわけで。
「じゃあ、門を閉めることに専念するか。もしアスタロト、ベルゼブブに見つかったら逃げてしまおう」
「戦わないのですか?」
マルコシアスがたずねてくる。
不満……というわけではなさそうだ。あくまで確認だろう。
「当たり前じゃん。戦ったからって強くなるわけじゃねえし。それよりその二者は敵対しとるワケじゃろ? だったらどちらかに加担したほうがいい。うまく丸め込んで取り込んじまえば、俺はもっと強くなれるしな」
その言葉を聞いてマルコシアスはニタリと笑った。
お! やはり俺と同意見みたいだな。
拮抗してるなら、片方取りこんでしまえばもう片方にはまず負けない。
どうせ戦うなら圧倒的に有利になってからだよね。
まずは戦わず門を閉める。それがダメならどちらかと手を結ぶ方法を考えよう。
それもダメなら、まあ地道に力をつけるしかないな。
これ以上契約者を増やすのは難しいってところまで待つのも全然ありだしな。
人間だの妖精だの、まだまだ契約できる相手は残っている。
じゃあ、これ以上被害が広がらないように、ネビロスを退治してしまうか。
ほんとうはコイツも取りこみたいところだけど、現時点でこちらにつく可能性はないとみる。
アスタロトが健在なうちは裏切りになっちまうしな。
――いや、まてよ……
そうか、ネビロスの首を手土産にベルゼブブんとこ行けばいいのか。
でもって、アスタロトんとこにはフルーレティーの首を持っていく。
数も減らせるし、交渉材料にもなる。一石二鳥じゃないか。
むひひひ。
――――――
地面をホリホリ土中を進む。
目指すのはフォーモリアの城。なんでも魔界への門は、兵たちが集う大食堂にパッカ~ンと開いたのだそうだ。
教えてくれたのは辺りをウロウロしていた、ちょっと知的なガイコツ。
マルコシアスが場所を聞いたら一発だった。骨をカタカタたくさん喋ってくれた。
いや~、仲間に悪魔がいると楽やね。
情報収集がはかどるわ~。
ポコリンチョ。このあたりかな?
石畳をよけよけ地中から顔をだし、周囲をうかがう。
骨、腐った肉、ゴースト。新鮮さのカケラもないものばかり。
辛気臭いなあ。葬式でももっと活気があるぞ。
そんな中、高そうなイスにエラソーに座っているガイコツを発見した。
薄汚れた布を身にまとい、手には金色に輝く香炉。(香炉=香を焚くときにつかう壺みたいなやつ)
あいつだな。
先手必勝!
超ファイヤーボール!!
俺の頭上に形成された巨大な火球が、ネビロスらしきものに高速で向かっていく。周囲にいたアンデッドどもを巻き込みながら。
ズウウン。
ファイヤーボールは、みごとネビロスに命中。そのまま後ろの壁を突き破って大きく爆ぜた。
「ははは! 火葬じゃ~。アンデッドなど、みな消し炭になってしまえばよいわ!」
「マスター、首は?」
ルディーのツッコミで正気に戻る。
あ、しまった。つい調子に乗ってしまった。
散乱するガレキ。粉塵があたりをただよう。
その中にポッカリ空いた透明の球体。粉塵すら寄せ付けぬバリアのようなものがあった。
「おお~、かすり傷ひとつついてねえ。魔法がききにくいってのは本当だな」
球体の中には香炉を持ったガイコツがいた。
ネビロスだ。超元気かつ、超怒っているのが、なぜだかわかった。
パリ、パリパリッ。
奇妙な音が周囲に響く。
その後すぐに白く輝く球体が、ネビロスの近くに五つ浮遊した。
「ん? なんじゃあれ?」
パアアン!
ものすごい閃光とともに空を切り裂く音がする。
雷撃だ。五つの浮遊する球体から電撃が放たれたのだ。
「きゃあ」
ルディーが悲鳴をあげる。
俺もちょっとビビる。
だが、電撃はここまで届かない。張っていた風の障壁がすべて受け止めてくれた。
「ふん、その程度では俺にかすり傷ひとつつけられんな!」
攻撃が届かないのはお互いさまなのだが、ここは心理的プレッシャーを与える場面。とりあえず煽っておこう。
ネビロスはこちらを見つめる。
くぼんだ眼窩に灯るのは青白い炎だ。
怒っとる怒っとる。
よ~し、その首、ランタンにしてしまおう。
ブウウン。
今度はなにかが振動する音がした。
見ればネビロスの持つ香炉が小刻みに揺れている。
なんスか? それ?
とつじょ、地面に散乱するガレキからスケルトンが湧いてきた。
それは五体十体と、またたくまに数を増やしていく。
「てい!」
電撃を放つ。スケルトンは粉みじんに砕けた。
しかし、砕けた骨はすぐに復元する。元の元気なスケルトンに逆戻り。
「チェーンライトニング」
今度はまとめて破壊する。紫電が連鎖し、全てのスケルトンを破壊する。
だが、それも効果はなし。スケルトンは一瞬で元通りになると、じわじわとこちらに迫ってきた。
魔法がダメなら肉弾ってか?
なるほどなー。
特性が俺とよー似とる。
「たしかにマルコの言う通りだわ」
俺が手をかざすとネビロスの背後に魔法陣が浮かぶ。
出てきたのは翼の生えた人のシルエット。吊り上がった目、狼のような尖った口と牙。マルコシアスだ。
異変を察知したネビロスは振り返る。
しかし、時すでに遅し。
マルコシアスはネビロスの体を爪で切り裂くと、その大きな口で喉元に食らいついたのだ。