百五十五話 周辺の状況
スタートスの街を出て、フラフラとうろつく。
とは言ってもうろつくのは空中だ。フルーツいっぱいのカゴを抱え、念動力で空を飛ぶ。
「気持ち悪いのがいっぱいいるね」
「そうだな。どいつもこいつも個性的な面構えだ」
ルディーが言う気持ち悪いのとは悪魔だ。
触手が生えたようなのとか、やけにヌメッとしたようなのとかが地上を徘徊している。
普通の魔物は逃げるか食べられるかしたのだろう。昔はよく見たゴブリンでさえも、まったくと言っていいほど姿が見えない。
「アイツなんか特にブスだよな」
ブクブク太った人のような姿。緑がかった水ぶくれが、いたるところに浮き出ている。
まるで水死体だ。
歩くたびに緑の粘液を地面に残していく。
「わ~、目が真っ白」
濁った目は、とても見えているようには思えない。
しかし、器用に木をさけているところから、視力あるいは似たような感覚器官が存在していると考えられる。
「あ、鳥さんを狙ってるよ」
水死体の悪魔が進む先に、一本の木がある。
その枝にとまるのは、くちばしの短い小さな鳥だ。
枝は低く、悪魔の手が簡単に届きそうだった。
「逃げないね。気づいてないのかな?」
どうだろうか? 鳥はたしかに悪魔の接近に気づいた様子はないのだが。
「どうする? 助ける?」
う~ん……なんか違和感があるんだよなあ。
――あれはほんとうに鳥か?
ギョロリと飛びだした目が、どうにも気持ち悪い。
それに鳥は音に敏感だ。あんな液を垂れて歩くようなものに気づかないのだろうか……。
「あ!」
とつぜん鳥の体が二つに割れた。なかにのぞくのは無数に生えた鋭い歯。
それが全体をグニャリと伸ばし、水死体の悪魔の頭部にかじりついたのだ。
ボリボリとそしゃくする音が響く。そして、食べきったのか次は肩へとかぶりつく。次は腹、次は胸と。
そうやって、あれよという間に水死体の悪魔を残らず平らげてしまった。
「うえ~、きもちわる~い」
体を二つに割った鳥は元の形に戻ると、また何事もなかったのように枝にとまり続けていた。
ただ、体を二回りほど大きくして。
「あいつも悪魔か」
悪魔が悪魔を食った。ただそれだけのこと。
しかしこれで、スタートスの街の近くに思ったより悪魔が少なかった理由にはなる。
「人間だけじゃなくって悪魔も食べるんだね……」
そうだな。人間だってお互い殺しあう。悪魔もそうなんだろうな。
「おっとルディー、街が見えてきたぞ」
前方に見えるのは石工の街、セカンダリアだ。
周囲には切り立った山が多く、岩や粘土が露出している。
岩は固く模様が美しいことから建材として用いられ、また良質の粘土は陶器として焼かれる。
「ほんとだ~、そこまで大きな街じゃなさそうだけど、無事かなあ?」
さあな。悪魔に取り囲まれている感じではなさそうだが。
――――――
「誰もいないね」
「そうだな」
街は閑散としていた。
積まれた薪のかたわらには、使い込まれた斧が放置されている。
井戸はくみかけだったのだろうか、ヒモのついた桶が底でプカリと浮いていた。
ひとっこ一人いない。
いたるところにある窯にはすでに火が入っておらず、焼きかけの陶器がただひっそりと身を寄せ合っているだけだ。
「もう襲われた後なんだね」
抵抗する間もなくって感じなんだろう。
街の情景はそのままに、人のみが姿を消した、そんな印象だ。
「なんか切ないね」
「ああ」
なんとも奇妙な気分だ。
もう少し早ければ助けられたのではという気持ちと、んなもん俺の仕事じゃねえよという気持ちが混ざっている。
そして、こうした生前の生活を目の当たりにするにつれ、前者の気持ちが強くなっていくのだ。
「ねえ、マスター。あれなに?」
ルディーが指さすのは石ころだ。地面に描かれた丸に石ころがいくつも積み重なっている。
「ああ、石投げだよ」
「石投げ?」
「子供の遊びだ。離れた場所から丸めがけて石を投げる。入れば勝ち、外れたら負け」
主に小さい子供がする。なんにんも集まってどちらが多く入ったのか競い合うんだ。
これが成長するとマトが丸太に変わる。
エモノに見立てて石を当てるわけだ。投げる手も素手からスリングへと変わったりする。
「子供いたんだ……」
「あたりまえだろ、街なんだから」
そう、当たり前。親がいて子がいる。
老いも若きもこの街で生きるものは悪魔に食べられたのだ。
子供だからと悪魔が遠慮するはずもない。
しかし――
「きっちーな」
「うん」
なんつーのか胸にくるものがあるわー。
この石の量を見るに、たくさんの子供が丸めがけて石を投げてたわけじゃろ?
目を閉じるとその情景がありありと浮かんでくるワケで……
「死刑だな」
「死刑だね」
とっとと門を閉めて、悪魔どもを元いた世界に送り返すとしますか。