百五十三話 成長とバランス
「あれ? こんな遠かったかな?」
行けども行けども目印が見えてこない。
「ねえ、どこ目指してるの?」
ルディーが聞いてくる。
「一本杉だよ、一本杉。どで~んと立ってるデッカイ木」
見晴らしのよいところに、ポツネンと木が生えとったんや。
その周囲に小麦をいっぱい植えようと思っとった。
木はドライアドの力で移動できるけど、最初からないほうがいいに決まっとるからな。
「あんまり遠いと不便じゃない?」
「そーね」
まったくもってその通り。もう予定にこだわらず、ここらに畑を作っちまうか。
まずは風魔法で邪魔な木を切る。
今回は木の移動はしないでおこう。
伐採した木を木材に加工して建築資材とする。スタートスの街でつかうのだ。
とりあえずは物見台か。
敵の侵入をいち早く発見できるように、街の四隅に高い塔を建てさせよう。
本当なら石で作りたいところだが、雇用問題もある。土木作業員なり冒険者なりに働かせて経済を循環させるのだ。
スパッ、スパッ、スパッ。
風魔法の威力がヤバイ。巨木が小枝のように簡単に切れていく。
それを念動力で一か所に積み上げる。が、そのついでに邪魔な枝を切り落としつつ、板状にスライス。
あっという間に原木が木材へと早変わりだ。
恐ろしいまでの効率だ。
何人分の働きだろう。われながら感心する。
つぎは土魔法だ。
大地をうねらせると、石を一気にほりあげる。この石もムダにはしない。
城壁やらカマドやら使い道はたくさんある。スタートスへ持っていこう。
おっと、忘れるところだった。ジャマな草は燃やして肥料にする。
鬼火の炎がエエ感じで燃え広がっていき、これまたエエ感じの灰ができた。
それを大地を耕すとともにマジェマジェする。
ふっかふかの良質な土の完成だ。
え~っと、あとは……小麦ってウネいるんだっけ?
たしか乾燥気味を好むよな。
じゃあいるだろう。こんもり膝の高さまで土を盛り上げると、辺り一面みごとなシマもようが出来上がる。
よ~し、完成。
つぎは、タネをふさ~、水をサー。
これでいい。黄金色に実るんだぞ~。
「ん? どうした」
不意にルディーが俺の肩をツンツンしてくる。
「マスター、あれ」
ルディーが指さすのは、はるか遠くに見える木だ。
「一本杉だな」
「やっぱり?」
チンマリと先っちょだけが見えている。
記憶違いではなかったようだ。
もうちょっとのところまで来てたんやな。
「ちゃんとあったんだね、マスター。よかった、もうボケ始めたのかと心配したよ」
「なにを~」
そんなジジイじゃねえよ。
失敬だな君。
「ルビーさんや。メシはまだかいのう?」
「やっぱボケてんじゃん」
「ははは」
「ふふふ」
しばしの休憩。
積んだ木材に腰かけながら、バナナをモチャモチャと食べる。
遠くに見えるのは一本杉。
あいも変わらず見えているのは先っちょだけ。
「動いてないよな」
「うん」
実はあの木、妖精的なやつで移動するんじゃないかとちょっと疑っていたのだ。
「なんか気になるんだよなあ。ベル―ベリー畑からそんな離れてなかったと思うんだよなあ」
「思い違いじゃない? けっこうそういうのってあるよ」
たしかにそうなのだ。思い違いなどしょっちゅうある。
「けどなあ、これだけじゃなくて、最近ちょっとした違和感があるんだよ」
「そうなの? たとえば?」
「こないだもさ、チビチビ飲んでたはずの地酒が、いつの間にか残り少なくなってたんだよ。まだいっぱいあったはずなのに」
「え? あの丸い瓶に入ったやつ?」
「うん、そう」
「ごめん、わたしチョコチョコ飲んでる」
お前か!
――――――
農場にある自宅へと帰ってきた。いつも通りの、みすぼらしいたたずまいだ。
今日は久々にここで夕食をとるか。ナベを火にかけ野菜を煮込む。
塩、コショウ、魚も投入する。
魚はサーパントでとれた淡水魚だ。脂がのっていて野菜との相性もいい。
グツグツグツ。
えー感じで煮えてきた。
ふと、となりを見るとノームがいて、無言でうつわを差し出してきた。
いつの間に……
それに以前、似たようなパターンがあったな。
お世話になっとるからしゃーないか。
オタマですくってうつわにそそぐ。
ズズッとノームはスープをすする。
どや? うまいやろ。
「まったく、おぬしは節操なく畑を増やすのぅ」
だが、出てきたのはまさかのダメ出し。しかも、ナベと全く関係ねえ。
「収穫するこっちの身にもなって欲しいもんじゃ」
しぃません。
まあ、ノームの負担を考えると当たり前か。
数どころか、距離まで増えたらたまったもんじゃないだろう。
それに契約にないセラシア村までの出荷もお願いしているのだ。これじゃあ文句の一つも出ようってもんだ。
「ただでさえ大地が広がっとるんじゃ。もちっと導線を考えてくれんといかん」
ん? え、今なんて?
「ちょ、ちょっと待って。大地が広がってるってどういうこと?」
「なにを言うとるんじゃ。広げたのはおぬしじゃろがい」
俺が?
広げたの?
「ここはおぬしを入れるうつわみたいなもんじゃ。おぬしというスープが増えれば、うつわを大きくするしかなかろうが」
マジかよ。
俺の成長と連動してんのかよ。
「じゃあ契約者が増えるにつれて大きくなってきたってこと?」
「いんや、ここんとこ急激に巨大化してきたわい。おおかた小さくて不便だと思ったんじゃろ」
あ、たしかに。
「おぬしが大きくなって欲しいと願えばここはその望みを叶えようとする。だがそれには、おぬしの実力がともなってないといかん。ムリに広げようとすれば、うすいスープがよりシャバシャバになるだけじゃ。なにごとにもバランスが必要ちゅーことじゃな」