百五十二話 生産力をあげる
「マスターよかったね、領主になれて」
ルディーがハネをパタパタさせながら言った。
そーね、強引だったけどね。
決をとってみたところ、俺の庇護下につくが五割、帝国を待つが二割、残りの三割が決められないだ。
けっこうギリギリ。
さすがにスタートス単体での独立を選ぶやつはいなかった。
当たり前だわな。あの状況で言えるやつなど、いないだろう。いたらいたでそれも面白かったが。
けっきょく俺が領主ってことで落ち着いたワケだが、まだまだ不服に思っているやつも多い。
だが、それはいずれ改善される。――ただし、俺がちゃんと働けばだが。
「でもさ、領主になって真っ先にすることが畑仕事なの?」
そうなのだ。こまごましたところは他のやつらに任せて、俺は扉をくぐって農地へとやってきた。
領主として、いきなり働いていない。先行き不安である。
「しゃーねーじゃん。養う人口増えたし、食い物足らなくなっちゃうもん」
大盤振る舞いにより、在庫が尽きかけているのだ。
エエカッコした報いを受けたとも言える。
こうなりゃ畑を拡張するしかない。バ~ンと広げて収穫量をあげるのだ。
とはいえ、あんまり広げすぎるのも考えものだ。畑を作るには木を切り倒さねばならない。
バンバン切ってハゲチャビンにすれば精霊たちも困るだろう。
なにごともバランスが重要なのだ。この世界は妖精のための世界であって、人間の食をささえる工場ではないのだから……
「スタートスの近くに畑作ったら?」
もっともなルディーのツッコミ。
うん、いずれそうする。最終的にはこの地に頼らない領地経営を目指すつもりだ。
しかし、いまはだめだ。
門を破壊し、周囲の安全を確保せにゃならん。
なにより時間がかかる。
ここと違って、植えてすぐ収穫とはいかないのだ。
「やっぱ小麦だよな」
ポツリとこぼす。
手っ取り早く飢えさせない収穫物となると、第一選択肢はそれだろう。
「え? スタートスの話?」
「あ、ごめんごめん。ここに拡張する作物の話だ。もちろんスタートス近郊にもデッカイ畑を作るけど、それはちょい先だね」
ついつい自分の世界に入ってしまっていた。脳内の声で返答した気になっておった。
気をつけねば。不思議ちゃんの称号など与えられてはたまったものではない。
エム・不思議ちゃん・サモナイト子爵。末代までの恥だ。
「小麦は保存もきくし、栄養価も高いからな。焼いてパン、ゆがいてオートミールにと使い勝手もいい」
ちょっと知的な部分も見せておく。これでさっきのはチャラだろう。
「そっかー、わたしは練ってダンゴにしたやつが好きかなー」
さすがルディー、食い物の話題にはことかかない。
「あー、それもいいな。あとは伸ばして麺にするとか」
「麺いいよねー。寒い日なんかチュルチュルっと。ふふふ、なんか食べる話ばっかりだね」
ま~な。俺だって食べるのは好きだ。
自分が育てた作物なら、なおのこと。
しかし、俺はもう子爵だ。芸術だって、ちっとは嗜むのだ。
「青い空、白い雲、風に揺れたもうのは金色に輝く小麦かな」
「おお~詩人だね~」
などど、くっちゃべりながら南へと向かう。
この小さな世界は北が温暖、南が極寒と温度差が激しい。
比較的寒さに強い小麦は南よりに植えようと思う。土地をうまく使う必要があるしな。
う~む、もうちっとこの世界が広けりゃ気にせず栽培できるんだけどなあ。
やがてブルーベリー畑が見えてきた。
ベリー系も栽培は涼しいところだ。小麦畑はもうちょっと先がいい。
「わー、いっぱい実ってるね」
せっせと増やしてきた甲斐あって、緑の葉っぱが一面に広がっている。
その緑をまだらに染めるのが、青い鈴なりの果実だ。
近づくとすこし甘いにおいがした。花の蜜の香りだろう。ブルーベリーは白い小さな花をいくつもつける。かわいくて俺はけっこう好きだ。
ヒョイと果実を一粒つまんで口のなかへ。
水気たっぷりの果肉が喉をうるおす。
「うめえ」
酸味と甘みのバランスが抜群やね。
今度はいっぱいつまんで一気に口へ。
「あ~、じぶんだけ!」
ホッペをプゥと膨らませるルディーにベリーを差し出す。
彼女は手のひらに乗った青い粒をひとつ、両手で持ち上げた。
「ムグムグ、ごくん」
うお! あっという間に食べきった。
彼女の体のサイズだと、俺で言うリンゴぐらいなもんだろう。恐るべしかな、その食欲。
「うまいか?」
「酸味と甘みのバランスが最高だね」
おんなじこと言うな。
まあ、それだけ出来がいいってことだな。
大地のめぐみに感謝だ。
「いっぱいとったから、食べながら行こうぜ」
「うん、半分はわたしのね」
「食べすぎや」
「ふふふ」
きれいに立ち並ぶブルーベリーのあぜ道を抜けると、小麦畑の候補地目指して歩いていった。