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百四十六話 別視点――リール・ド・コモン男爵 その六

「ハア、ハア、ハア」


 男爵はとにかく逃げた。

 一か所にとどまらず走り続けた。

 その甲斐あってか、あれから一度も捕まっていない。

 時計の砂も残すとこあと三分の一である。


「もう少しだ。もうすこし」


 とはいえ、男爵の心臓は、はちきれんばかりに激しく鼓動する。

 とにかく息苦しい。脇腹も痛い。

 体力の限界だった。


 それに追うセバスチャンの方にも変化があった。

 扉や棚を破壊し始めたのだ。隠れられないように。


 もうムリだ。あそこに逃げるしかない。見つかっても構うものか。

 男爵は脱出路へと向かうことを決断した。

 幸い、目の前には隠し通路がある。額縁の裏に穴が開いており、柱をつたって応接室へと抜けることができるのだ。


 男爵は額縁を浮かすと、開いた穴へと体を滑り込ます。

 (はり)を伝って一本の柱へ。それに抱きつき、スルスルと下へとおりた。


 真っ暗な中、男爵は手探りで石の壁にふれると、継ぎ目を見つけ、足で押す。

 重い。

 柱を背に、思い切り蹴る。

 ズズズと石がこすれる音がして、壁がずれた。

 応接室の光が見える。ここから中へと抜けられるはず。

 

 暖炉の隙間から男爵は部屋へと出た。

 誰もいないし音も聞こえない。

 よし!

 扉を開いて書斎へ進む。

 本棚にはたくさんの書籍がつまっている。

 その中のひとつをグッと引っ張ると、カチリと何かが外れる音がした。

 棚を横にスライドさせる。地下へと向かう階段が見えた。


 奥は真っ暗だ。

 明かりがないのが悔やまれる。

 しかし、すすまぬわけにはいかない。

 男爵はステッキで前方を探りながら、階段をくだっていった。


 ふう、ふう。

 出口はまだか。男爵の腰が悲鳴をあげる。

 脱出路は思いのほか窮屈で、身をかがめて進まねばならなかったのだ。


「ぬお!」


 男爵は不意に浮遊感に襲われた。

 その後、すぐに地面へと体をうちつける。


 なんだ? なにがどうなった?

 男爵は辺りを見回す。

 薄暗い中、ぼんやり浮かび上がるのは、うず高く積まれた大量の木箱だった。


「これは……」


 なかを覗き込む。

 トマトにキュウリ、カボチャにナス。やさいの姿がある。

 まさかここは!

 納屋だ。男爵家の屋敷の庭にある納屋。

 外に通じているはずの脱出路は、なぜか納屋へとつながっていたのだ。


 クソッ!

 またか、またか、またか!

 男爵はくちびるを噛みしめる。

 またしてもやつらは魔法か魔道具をつかったのだ。通路の出口をねじまげて、ここへ出るようにした。

 なんてことはない。

 最初から逃がすつもりなど、ひとカケラもなかったのだろう。

 やつらは脱出路の存在などすでに知っており、つかまえられるようにワナをはっていたのだ。


「おのれ、おのれ、おのれ~」


 男爵は砂時計を見た。もう少しで砂が落ちきろうというところ。

 このまま放置するはずがない。

 引っかかったエモノに、トドメを刺しに来るに決まっている。


「旦那様?」


 セバスチャンの声がした。

 男爵はビクリと体を震わせると、身構える。

 やはり来おったか!


「くくく、来るな!」


 木箱の陰から姿をあらわすセバスチャン。

 男爵はステッキの先を向け威嚇する。

 殺されてたまるものか、殺されてたまるものか!


「どうしたのですか? わたしです。セバスチャンです」

「うるさい! 近寄るなと申しておる!!」


 悪魔はこの()(およ)んでも芝居を続けてくる。

 最後の最後まで楽しんで殺そうというのだろう。

 そうはさせるものか!! 男爵は歯をむき出しにする。

 なんとしても生き残る。たとえ一人になろうとも、わたしは生き残って見せる!!!


「その耳は! まさか、あの者どもに!!」


 セバスチャンが右足を引きずって男爵に近づいてくる。

 男爵は、あとずさりしながらその距離を保つ。

 やがて、男爵の背中が、トンと壁についた。


「すぐに止血します。お気を確かに」

「だだだだだ、だまされんぞ。そうやって油断させてわたしを食おうというのだな」


 男爵は、ふたたび砂時計を見た。もう砂は落ち切る寸前。


「ヒヒヒヒ、そうはさせぬ。この勝負、私の勝ちだ!!」


 男爵はステッキに魔力をこめた。


「え? まさか旦那さま――」


 その瞬間、すさまじい炎がステッキから放たれる。

 それは避けようとしたセバスチャンをからめとると、激しくその身を焼く。


「ぐおおおお」

「ははは。どうだ。わたしの奥の手は」


 男爵のステッキは魔道具だったのだ。

 目標をヘビのようにからめとり、燃やし尽くす魔法のステッキ。


「まさか、そんな……ぐああああ」


 セバスチャンは苦痛にのたうちまわる。

 ふははは、ざまあみろ!

 男爵は歯をむき出しにして笑った。

 勝ちだ! 勝ちだ! わたしの勝ちだ!!



「あ~あ」

「やってしまいましたな」


 誰かの声が聞こえた。

 男爵は周囲をキョロキョロと見回した。

 グニャリと空間がゆがみ、ふたつの人影があらわれる。

 ひとつは召喚士。もうひとつはセバスチャンだった。


「な、な……」


 言葉にならない。男爵は理解が追いつかなかった。


「いつもなら避けられてたのにねぇ」

「そうですな。足が折れていなければ、飛んでかわしてたでしょうな」


 セバスチャンがふたり……

 まさか、まさか、まさか!!


「勝負はリール君の勝ちだよ。ちゃんとマルコから逃げ切ったからね」

「ほほほほ、してやられましたな。このマルコシアス、ニンゲンに負けたのは初めてでございます」


 このとき、男爵は理解した。

 さきほど、おのれが焼き殺したのは、本物のセバスチャンであったことを。


「じゃあ、砂時計は返してもらうね」


 召喚士がそう言うと、砂時計は男爵の手からスルリと抜けて宙を飛ぶ。

 やがて、召喚士の手のひらへとおさまった。


「約束通り命まではとらないよ。ここでゆっくり過ごすといい」

「さすが主さま。ずいぶんとお優しい」


 男爵は黒コゲとなったセバスチャンを見た。

 もっとも信頼すべき部下だったものを。


 わたしが殺した……


「ふへへへへ」


 男爵の口から笑いがこぼれた。

 なにかが、プツンと切れたような気がした。


「リール君、大丈夫?」


 召喚士が男爵の顔をのぞきこむ。


「ここにあるものは好きに食べていいから」

「ほほほ、貴殿はラッキーですな。主のご慈悲に感謝せよ」


 男爵の耳に召喚士の声が何度もこだまする。リール君、リール君、リール君と。

 すさまじい怒りが巻き起こる。

 おのれ、おのれ、おのれ。おまえさえいなければ!


「では、リール君。そろそろ――」

「その名前で呼ぶなあああ~!!!」


 男爵はステッキをかざした。

 先端から炎が飛び出し、召喚士に襲いかかる。


 だが、炎は届かなかった。透明な壁に遮られ、やげどひとつ負わすことができなかった。


「ほほほ、ムダなことを」


 セバスチャンに化けた悪魔が指をさすと、男爵の持っていたステッキがまたたくまにヘビへと姿を変えた。


「うっ!」


 男爵は驚いて手を放す。

 ヘビはシュルシュルと体をくねらせながら悪魔のほうへと向かっていった。


「それはもう貴殿には必要なかろう。主様への貢物といたす」


 悪魔はそう言うとヘビを拾う。

 すぐにヘビはステッキへと姿を戻した。


「じゃあね、俺そろそろ行くよ」


 召喚士が男爵を見て言う。

 その眼差しには、あわれみがこもっているようだった。


「さっきも言ったけど、約束通り命はとらない、それどころか悪魔に怯えることももうないよ」

「ここは安全ですからな」


「ここは鏡の中なのね。だれも入ってこられないから安心して」

「まあ、出ることも出来ませぬが」


「ムリってことはないんじゃない? ジニーだってランプから出られたし。あれ何年かかったんだけ?」

「300年ですな。封印されてから最初の少年がランプをこするまで」


「あらら」


 悪魔はステッキをうやうやしく差し出す。

 召喚士は肩をすくめてそれを受け取った。


「じゃあ、今度こそ行くね。あ、そうだ。あと、リール君て呼ぶのもやめるね。そんなに嫌だとは思わなかったんだ」

「ほほほ。主様はほんとうにおやさしい」


 その言葉を最後に、ふたりの姿は歪んで消えるのだった。

 残された男爵は、ずっとずっと、立ち尽くしていた。





――――――




 旧男爵家の屋敷には鏡がかざられている。

 黒曜石でできたおおきな鏡だ。


 今ではだれも寄りつかない。

 なんでも、月のない夜、疲れ切った男の姿が写るんだとか。



――エムの仕返しリスト――


 元パーティーメンバー

 @リーダーの男戦士ジェイク  完了

 @女剣士リズ         完了

  女盗賊ドローナ

  女僧侶


 その他

 @ピクシー      完了

 @受付嬢ミーシャ   完了

 @セバスチャン    完了←NEW

 @ドコモ男爵     完了←NEW

  宿屋の女将コサック(保留)

男爵編おちまい。

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