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百四十四話 別視点――リール・ド・コモン男爵 その四

「ニンゲンよ、ずいぶんとエラそうな口をきくではないか」


 セバスチャンの口は裂け、目はつりあがる。

 まるで狼のような顔。だが、口元から漏れるのは炎だ。

 しゃべるたび、吐息にまざって炎が漏れる。


「われに命令するとは、身の程知らずなムシケラだ」


 セバスチャンだったものが手をかざすと、飾ってあったプレートアーマーが、みるみるうちに溶けていった。

 どうやったのかは分からない。

 ただ、床に黒いシミを残して消えてしまう。


「はひ、はひ、はひ」


 男爵はペタリと座り込んでしまった。

 舌がもつれて言葉にならない。


 あれは正真正銘の悪魔だ。

 その、まがまがしさと、すさまじいまでの圧迫感に心底ふるえた。


「セバ、セバ、セバ」


 セバスチャンをどうした? そう尋ねようとするも声が出ない。

 見えない手で、のどを絞められているかのよう。


「そのような者など知らぬわ! 我の名はマルコシアス。30の軍団をたばねる侯爵なり!」


 悪魔の口からゴウと炎があふれた。

 床が焦げ、男爵の前髪も縮れて異臭を放つ。


「ひいいい」


 男爵は死を予感した。

 もうだめだ、どうあがいても助からない。

 マルコシアス。文献で目にするほどの大悪魔だ。

 セバスチャンも殺されたのだ。食われて、そして、なり替わられた。


「どこから食って欲しい? 目か、耳か、鼻か? 心臓は選ぶなよ。それは最後にとっておけ。苦痛を与えれば与えるほど、(しん)(ぞう)はよりうまみを増すのだ」

「ヒッ!」


 悪魔の爪が、男爵の顔に触れた。

 それは右頬からアゴを通って左頬へと流れていく。

 うっすらと血がにじむ。

 男爵は心の底から怖いと思った。


「やはり目か」


 ツツツと爪が左目へとむかう。ゆっくり、ゆっくりと。

 そして、爪は進むにつれ、より深く肉をえぐっていくのだ。

 生暖かい血が頬をつたって床へと落ちた。


「たっ助け――」

「待て」


 召喚士が声を発した。

 悪魔の動きがピタリと止まる。

 もう爪は眼球に刺さるスレスレだった。


「はっ、はっ、はっ――」


 男爵は小刻みに息を吐く。

 怖くて怖くてたまらなかった。

 なぜわたしがこんな目にと、くちびるを震わしていた。

 

「リールく~ん。ひとつ賭けをしようじゃないか」


 召喚士が言った。

 男爵は、ぼんやりとそちらを見る。


「君が勝てば命は取らない。悪魔にも襲わぬように伝えよう。もちろん、負けたら食べられちゃうわけだけど……。まあ、どの道食べられちゃうなら、賭けをしたほうが得だよね」


 ……賭け。

 助かるのか?

 諦めかけた男爵の心に、一筋の光がさしこむ。


「鬼ごっこなんてどうだい? 制限時間まで逃げ切ったら、リール君の勝ち。捕まったら負け。単純だろ?」


 鬼ごっこ……

 逃げ切ればそれで助かる……

 ――いや、ここまできて殺さないはずがない。

 約束が守られる保証などなにひとつないのだ。


「はは、その顔は信じてないね。大丈夫、約束は守るよ。ただ、そう簡単に逃げられないのはわかっているよね? 追っかけるのはこのマルコ。捕まったら食べられちゃうから注意してね」


 悪魔マルコシアスが舌なめずりした。ヨダレが一滴垂れると、ジュウと床から煙があがる。

 あれが追う……

 無理だ無理だ無理だ。

 逃げられるはずがない。

 男爵は首を左右に振った。


「あらら。降参しておとなしく食べられるつもり? イチかバチかで逃げた方がいいと思うんだけどなあ。……でも、まあ無理か。このままだと逃げられる可能性なんてゼロだもんね」


 召喚士はニヤリと笑った。


「じゃあハンデをつけよう。マルコは人間の姿で追う。魔法を使ったりしない。それと……そうだなあ、右足を封印しよう。動けなくするんだ。それなら可能性はなくはないよ」


 召喚士がそう告げると、マルコシアスはうなずく。

 すると、マルコシアスはみるみるうちに、セバスチャンの姿に戻るのだった。


「これが最大限の譲歩だよ。はい、これ」


 召喚士は男爵になにかを投げてよこした。

 見れば砂時計。砂粒がさらさらと下へと落ちていく。


「それが全部落ち切ったら時間だ。リール君の勝ち。で、死んだら負け。わかりやすくていいよね」


 うう……

 クソッ。悪魔と鬼ごっこだと。

 ばかげてる。

 男爵は召喚士をにらみつける。

 こいつは、わたしをいたぶって楽しんでいるのだ!!


「リール君。俺なんか見てないで逃げた方がいいよ。ゲームはもう始まっているからね。マルコ! 十数えたら男爵を追え!! 目でも心臓でも好きなだけ食え!」


 え?

 もう始まっ――


「いち……」


 セバスチャンとなった悪魔は数を数え始めた。

 あわてた男爵は、手で制止する。


「待っ――」

「にい……、さん……」


 しかし、待ってくれるはずもない。カウントはおかまいなしに進んでいく。

 男爵は「ひい!」と悲鳴を上げると、すこしでも遠くへ逃げようと背を向けるのだった。


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