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百四十一話 別視点――リール・ド・コモン男爵 その二

「きさま、だれの許可を得て中に入った!!」


 男爵はとうとう声を荒げた。

 兵士が数人、わが敷地へと無断で侵入しているのだ。

 しかも、兵士はこちらの質問に答えようともしない。

 木箱を持ったまま、さげすむ目をむけてくる。


 ふざけおって! たかが兵士の分際で!!

 男爵は持っていたステッキを振り上げた。

 が、そのとき、兵士の持つ木箱の中身がチラリと見える。


「そ、それは!」


 つやつやの赤い球体は、おそらくトマト。茶色のデコボコしたのはジャガイモで、黄色い棒状のものはトウモロコシだ。それらが木箱にはギッシリと詰められていた。


「きさま、それをどこで!!」


 それだけではない。

 ほかの兵士が持つ木箱にはパンにタマゴ、チーズにベーコンといったものまであった。


「男爵どの。いけませんな、こんなにため込んでいては」

「なんだと! どういう意味だ」


 兵士がなにやら言ってくる。

 だが、言っている意味がよくわからない。


「わかりませんか? こういうことですよ」


 兵士はそう言うと、箱の中身を民衆に向けた。

 傾いた木箱から、ヤサイがゴロゴロと転がり落ちる。


「みんな、見ろ! これらの食料は男爵さまの納屋で見つけたものだ!!」


 民衆からどよめきがおこった。

 落ちた野菜を指さし、悲鳴を上げる者までいる。


「な、な、なにを言うか!」


 あの食料を納屋で見つけた?

 そんなバカな。

 男爵にはまったく身に覚えがない。

 食料が納屋になど置かれているはずもない。

 自分たちの食料も、もう底をつきかけているのだから。


「納屋には、こんな木箱が山のように積まれている。われらが、これだけ飢えているのにかかわらず、だ」


 木箱が山のように?

 そんなバカな話があるか。

 ここで男爵は自分がハメられようとしていることに気がついた。


「うそをつくな! それはキサマが持ちこんだものだろう」


 みずから持ち込んでおいて、他人のものだと主張する。

 そんなくだらない手に引っかかってたまるものか。


「うそではない。納屋には大量の食料があった。これはその中のほんの少しにしかすぎない」

「バカバカしい。口ではなんとでも言える。それが納屋にあったという証拠がどこにある」


 証拠などあろうはずもない。納屋に食料などないのだから。

 この兵士め。血迷いよってからに。

 ことが落ち着けば、真っ先に処刑してくれるわ!


「それは実際に目にするのがもっとも早いでしょう。納屋にご案内いただけますか? 嘘だと言うなら、皆の前で潔白を証明できるはず」

「ムッ」


 男爵は一瞬言葉につまった。

 あの木箱は兵士が持ち込んだもの、それは確信している。

 だが、あの自信はなんだ?

 まさか、事前に納屋にも食料を仕込んでおいたのか?

 ――いや、不可能だ。

 この状況下で、どうやったらそんな大量の食糧を用意できるというのか。

 こちらが怯むのを期待した、ハッタリに決まっている。

 しかし……。


「どうされました? まさか、見せることができないとでも?」

「きさま」


 民衆がざわざわと騒ぎ出した。

 彼らの目は猜疑心に満ちている。

 かなり旗色がわるい。クソッ、なぜわたしがこんな目に。

 こうなっては民衆を納得させるのは難しいであろう。

 実際に見せるしかあるまい。


 男爵はチラリとセバスチャンに目をむけた。

 そうだ、この庭を管理するのは、他ならぬ彼なのだ。

 その目を盗んで納屋に運び込むなど出来るはずもない。


 男爵の視線に対し、セバスチャンはうなずきで返した。

 ――よし、問題ないな。


「わかった、ついてまいれ。だが、全員はむりだ。民の中からは十名とする。セバスチャン、てきとうに見繕ってこい」




――――――




「ば、ばかな……」


 納屋の扉を開いた男爵は、驚きのあまり立ちつくしてしまう。

 中には大量の木箱が、ところせましと積まれていたからだ。


「うそだ、うそだ、うそだ」

「男爵どの、ご説明ねがえますか?」


 兵士が詰めよってくる。

 民衆からは、ポツリポツリと非難する声があがる。

 その数はまたたく間に増え、口調もより激しさを増す。


「ええい! きさまらだ。きさまらが持ち込んでここに並べたのであろう」


 用意周到にもほどがある。

 この外道どもは、わたしをハメるべくしっかりと下準備をしていたのだ。

 なんたる卑怯者どもか!


「男爵どのは、おかしなことをおっしゃる。こんな大量の食糧を一介の兵士が用意できるはずもないではありませんか」

「うるさい! うるさい! うるさい! どうせ、一番上だけ食料をつめているのであろう。そうやって、たくさんあるように見せかけているだけだ」


 そうだ、下の箱にはただの石が詰められているに違いない。

 男爵は積まれた箱を蹴り飛ばした。

 大きな音をたてて、箱が横倒しになる。

 大量のヤサイや肉、パンなどが床に飛び散った。


「なんてことを」

「皆が飢えているのに」

「あんな粗末にあつかって」


 そうなのだ。木箱には上から下まで食料がギッシリと詰められていたようで、それが男爵が蹴ったことにより、誰の目にも明らかになってしまったのだ。

 民衆から、さらに非難の声があがる。

 それはすぐに怒号へと変わっていく。


「男爵どの。この始末はどうつけてくれるのですか?」


 兵士の手が腰の剣に伸びた。

 捕縛するつもりなのだ。抵抗すると斬るぞ、との脅し。


「しらん、しらん、しらん。これはワナだ、ワナなのだ。ええい、バカモノどもが! なぜそれがわからん!!」


 男爵はたまらず納屋を飛びだした。

 こうなれば計画どころではない。

 ひとまず屋敷に逃げ込むしかない。そして、精鋭を連れて抜け穴より脱出するのだ。

 いちかばちかになるが、ほかに手はない。


 しかし、屋敷へと向かう男爵の前に、立ちはだかるものがいる。

 二人組だ。冒険者と思わしき風体(ふうてい)で、ひとりは女、もうひとりはヒゲを蓄えたいかにも屈強そうな男だった。


「男爵さん、どこへいこうってんだ?」


 ヒゲの冒険者が手のひらをむけ、制止してくる。


「この無礼者が! それ以上近寄るんじゃない!!」


 男爵は青筋を立てて怒鳴り散らす。

 ヒゲの冒険者は、やれやれと肩をすくめた。

 その態度が、男爵をますますいらだたせるのだった。


「きさまら~。ここは冒険者ふぜいが立ち入ってよいところではない。首を垂れよ、われはこの街の支配者なるぞ!」

「うわあ~。最低」


 口をはさんできたのは女冒険者だ。

 見下すような視線を男爵にむけてくる。

 

「ついに本性がでちゃったって感じ。冒険者と商売人に寛容なのは、やっぱり上辺だけだったのね」

「うるさい! きさまら、かってに敷地に入りよってからに。いますぐ出ていけ。ここは私の街で、私の土地だ!」


「こいつはスゲーや。俺らは住まわせていただいてる身分ってことか」

「招かれざる客ってことね。ずいぶんな言い草ね。呼んではいけないものを呼びだしたのはあなたほうじゃないの?」


 ふたりはかわるがわる不遜な口をきいてくる。

 たかが冒険者が! 男爵の怒りは頂点にたっする。

 が、そのとき妙な違和感を覚えた。

 このふたり、どこかで見たことがあると。

 どこであったか……。


 男爵はハッと気づいた。

 ――そうだ。召喚士だ。あのエムとかいう召喚士の元パーティーメンバーではないのか?

 セバスチャンから報告を受け、一度顔を確認したことがある。

 その中のふたり……


 ……まさか、まさか、まさか!


 ふいにミシミシという音がした。

 見れば、鉄の門と柵が大きく傾いている。

 やがて大きな音とともに倒壊、民衆どもが敷地へとなだれ込んでくる。


「あら~、あなたもう終わりじゃない?」

「あいつの仕業か。スゲー力じゃねえか。こりゃ決まりだな」



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