百三十九話 ダメ押し
「なんだと! あの食料は領主のリール・ド・コモン男爵の邸宅から盗んだものなのか」
ジェイクが説明口調でいう。
「ええ!? 民衆が飢えているのに自分だけいいものを食べてるの?」
リズが煽る。
二人ともやるじゃねえか。セリフ、タイミングともばっちりだ。
「しかし、なんでそんなため込んでるんだ? まさか、こうなることを知っていたのか?」
ジェイクのさらなる一声。
いいぞ。これで疑心暗鬼になる。
さまざまな想像が独り歩きするのだ。食料をため込んでいたのは、魔物に取り囲まれることを知っていたからだとか、それを利用して高値で売ろうとしていたとか。
そして、さらにダメ押し。段取りでは、そろそろのはずだが……。
――来た!!
「みなに伝えたいことがある」
割って入ってきたのは、城の地下にいた、やさぐれ兵士だ。
その顔は決意に満ちている。
彼はギリギリまで離れた場所で様子をうかがっていた。俺の策に乗るかどうか迷っていたのだろう。
内容が内容だけに、決断がむずかしかったに違いない。
ついに決心したようだが、さて、俺の案に乗るのかどうか……
「俺は城の地下で囚人を監視する役目をおっていた。そこで見てしまったのだ」
よし! こっちに乗った! シナリオ通りだ!!
やさぐれ兵士は話を続ける。
「魔法陣だ。牢獄には血の色で描かれた魔法陣がある」
俺がかいたやつだね。
血のように赤い花から抽出した塗料で、それっぽい魔法陣をさらさらっと。
「囚人はもういない。牢獄にはひとりたりとも」
うん、部隊に編入されちゃったからね。いないのは当たり前。
でも、そこはあえて言う必要もないよね。
「いま、牢にいるのは魔物だ。囚人ではなく魔物なのだ」
そう、俺がさらってきて閉じこめておいた。
弱そうなやつをみつくろってガチャコンと。
はた目には魔法陣から出てきたように見えるだろう。
召喚! 囚人の命と引き換えに! みたいな。
「囚人を犠牲に……まさか男爵が!?」
ジェイクが大げさに驚く。
やさぐれ兵士はコクリとうなずく。
ハハッ! 役者よのう。
「どういうことだ」
「男爵さまが魔物を?」
「だから食料を……」
民衆がざわめく。
口からでる疑問は、やがて罵倒に。
それら罵る人のなかには兵士の姿もある。
くくく。
こうなれば、もう止まらない。
略奪した兵士すら男爵に牙をむくだろう。
すべての元凶は男爵なのだ。
邪法に手を染め魔物を増やす。それで大儲けを狙ったものの、制御しきれなくなった。
だから略奪をおこなったのも男爵のせい。兵士も被害者ズラできる。
よく考えれば矛盾だらけだ。
悪魔がでたから街を閉鎖したのだし、囚人を犠牲にしたのは、それを打破しようとしたからだ。
原因と結果がまるで合ってない。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。
みなが求めているのは、行き場のない怒りをぶつける相手だ。
それには、悪魔などといったあやふやな存在でもいけないし、手が出せないほど強大でもいけない。
今なら領主といえど手が届くだろう。まさに男爵はうってつけの相手。
「おい! トンネルをたどるぞ!」
やさぐれ兵士がさけぶ。
どうぞどうぞ。その場を退いて、足元にあるトンネルに誘導する。
「私は城よ! 魔法陣を見てくるわ!」
いってらっしゃい。
悪魔にかじられないように気をつけてね。
「我らは男爵邸だ! 納屋を確認させてもらう」
がんばってねー。
俺もついていくから。
ぬははは。面白いことになってきた。
最初は、男爵、銀のバラ、民衆とみつどもえになって時間を稼げればいいと思っていた。
だが、こうなりゃ一気につるし上げまで行くかもな。