百三十七話 いざ開演
「安いよ、安いよ」
木の棒で木箱をガンガン打ち鳴らす。
露天販売だ。
飢えた街の人々に、わがヤサイを売るのだ。
「早いもの勝ちだよ!」
ここは市場だ。打ち捨てられた木箱がたくさん転がっている。
それを台にしてわがヤサイたちを並べる。
あいにく今は誰もいない。
だが、すぐに人であふれかえるだろう。
なにせ売り手は俺しかいないからな。
お! さっそくきた。
フラフラっと寄ってきたのは、みすぼらしい男。木箱の上のヤサイをかすめ取ろうとする。
「ぐえっ」
すかさず棒で突く。
「おうおうおう。タダじゃねえんだよ。欲しけりゃ金を持ってこんかい!」
男はズデンとひっくり返った。
ちょっとかわいそうだが、あくまで商売なのだ。
「くっ、くれ! 金ならある」
みすぼらしい男は、そう言って、ふところから銀貨をとりだした。
なんだよ、あるじゃねえか。さっさと出しゃよかったのに。
「好きなだけ持って行きな!」
男は銀貨を木箱の上に置くと、ヤサイを両腕でかかえた。
「まいどあり~」
男はそのままどこかへ向かう。両腕からポロリとジャガイモがこぼれた。
「くっ、くいものだ!」
その様子をみていたのか、いくにんかが落ちたジャガイモを指さした。すぐに男に群がりはじめる。
「よこせ!」
「こいつは俺んだ!」
誰かが落ちたジャガイモを拾おうとする。
それを足で阻止しようとする男。そのスキをついて別の者が、男のかかえるヤサイをヒョイとつまむ。
なかなかカオスだ。
「よせ! こっちにたくさんある!! 金持って一列にならべ!」
べつに彼らは難民でもなければ、盗賊でもない。じゅうぶんに商品があると示してやれば、それでいい。
「くれ!」
「金は!?」
あわてて走ってきたのであろう青年が手を突きだす。
その手のひらには五枚の銅貨。これが全財産ってわけでもないだろう。
まさか食料を売っているとは思わず、たまたま手持ちがそれだけしかなかったに違いない。
男の銅貨をかっさらうと、その手に麻袋を握らせた。
「中は小麦粉だ。もっとほしけりゃ、もっと金をもってこい」
べつに金額なんてどうだっていいんだけどな。とはいえ差をつけなきゃ不公平になる。
ちょうど貨幣が不足していたんだ。どうせならこの機会に補充しちまおうじゃないか。
「売ってちょうだい!」
つぎに来たのは三十そこそこの女だ。
木箱にバチンと金をのせる。
銀貨だ。それも二枚。それなりのヤサイがひつようだな。
だが――
「入れ物は?」
「もってない」
だろうな。あわてて来たんだ。そんなもの用意してないだろう。
さて、銀貨二枚に釣り合うように持たせるには……。
「スカートのハシを両手で持て」
女は、え? という表情をみせる。
だが、その上にのせるんだとジェスチャーで示すと、女はすぐに理解し、スカートをまくりあげた。
「あー、マスターのエッチ」
アホぬかせ。機転をきかせたんだっつーの。
まくりあげた女のスカートにヤサイをドカドカとのせていく。
こんなもんか。
――いや、バナナを三本おまけしておこう。白だったからな。
「たのむ!」
つぎは四十代ぐらいのムサイ男。
痩せてきてはいるが、肉体労働者だったことがうかがえる。
男は銀貨を置くと、上着を脱ぐ。
お! いいね。それをフロシキがわりに使うっつーことだな。
広げた上着にドカドカとヤサイを乗せていく。
「次!」
気づけば人だかりができていた。その数はみるみる増えていく。
「これとこれとこれだ」
支払った額に応じてヤサイを渡していく。
細かい説明などしない。とにかくスピード重視。
ほんとうはちゃんと値札をつけて計算して、渡すときもカゴか麻袋なんかをつけてやりたいんだけどな。
まあ、今回はナシだ。ザツな印象をあたえなければならない。
ちなみにヤサイは足元から無限にわいてくる。
トンネルだ。急ごしらえの貯蔵庫から、ノームがせっせと運んでくれるのだ。
「ちょっ!」
「なんだ!?」
「割り込む――がはっ!」
とつぜん、人だかりの後方で争う声がした。
いや、争いではないな。一方的に殴られた感じだ。
いよいよ来たか。
人をかき分けるようにやってくる一団がある。
簡素なヨロイに、手には鉄の棒。兵士だ。
「おまえ、なにやってんだ」
兵士が高圧的な態度で尋ねてくる。
「こんなヤサイどこから持って来やがったんだ? コイツは俺たちが――」
言い終わるより先に殴り飛ばす。
兵士は仰向けにひっくり返って動かなくなった。
「おまえ――」
さらに殴る。
しゃべったヤツから順番だ。
膝から崩れ落ちた兵士は地べたに突っ伏した。
残りの兵士が腰の剣に手を伸ばした。
しかし、剣をぬくより先にみな吹っ飛ぶ。
風魔法だ。圧縮した空気を彼らに放ったのだ。
「わ~、すっごい飛んだね」
ちょっと出力を間違った。飛ばされた兵士は口からブクブクと泡をふいている。
「死んだ?」
いや、大丈夫だろ。ヨロイきてたし。
根拠としてはうすいけど、まあ、気にしないでおこう。
「つぎ、買いたいやつ!」
そんなことより商売だ。
それに街のひとびともたくましい。気絶した兵士のフトコロをあさって銀貨をみつけると、すぐさま列に並ぶやつがいた。
気に入った! あいつは二割増しだ。
こうして猛スピードでヤサイをさばいていると、遠くでほかの兵士がこちらに近づいてくる姿が見えた。先ほどより数が多い。
ここらが潮時だな。
「悪いな。ここでの販売は終了だ。闇市があった広場でまた売り出すから、ちゃんと金を用意しとけよ!」
そういってトンネルへと飛び込んだ。