百三十三話 忘れちゃいけないこと
「そうか、俺を守るため精霊を……」
ジェイクはなにやら納得している。
守るためじゃなくてイヤガラセするためだけどな。
まあ、あえて訂正する必要もないだろう。
「あんなことをした俺に……エム、すまなかった」
そう言ってジェイクは頭を下げた。
これにはちょっとビックリした。ジェイクってこんなやつだったか?
「おまえの精霊にはさんざん世話になってきたのにな。それを使えなくなったからってゴミを捨てるみたいにおまえを……」
ゴミ言うな。
追いだすときもそうやねん。言い方つーのがあるやろ。
冒険者は命懸けだ。足手まといを切り捨てるのもやもえない。
しかし、一番分かっているのは本人なんだ。もうちょっと気遣いというものをだな。
「なんでか分からねえ。分からねえが、おまえを見てると無性に腹が立ってな」
ヒドイことサラッと言うね。生理的に受けつけんてか?
それって、こちらもなんかムカつくからってイヤガラセしてもいいことになるぞ。
ええんか? オマエはそれで。
ん~。
アホなだけで悪気はなさそうではある。ここらで手打ちとするか。
ネチネチと根に持つのもイヤだしな。
しかし、なんかモヤモヤする……
しゃあねえか。
いつまでも過去を引きずってたってしかたがない。
俺はもうジェイクの手の届かない位置にまできたんだ。
なにかをされる心配もなければ、なにかをする必要もない。
俺はもっともっと上へ行く。もうジェイクにかまっているヒマなどない。
「サモナイトだ。もうギルドに追われる心配はないだろう。お互い新天地で頑張っていこうじゃないか」
そう言ってジェイクに握手を求めた。
ジェイクは驚きつつも俺の手をとる。
「エム……いや、サモナイトだったな。これから俺……イデデデ!」
ジェイクは顔を歪めて膝をついた。
おっと、すまん。つい力をこめすぎたようだ。
ワリー、ワリー。
顔を見てたらついテンションが上がってな。許せ。
――――――
それからジェイク、リズとも冒険者ギルドに登録していた。
なんでも、しばらくは二人パーティーでやっていくんだと。
リズもジェイクも腕利きだ。なんやかんやとうまくやっていくだろう。商隊に知り合いもいるそうだし。
あとは家も契約した。
知り合いの不動産屋のミード君のとこで。
「ひえ!」
とか俺の顔を見るなり言っていたけど、契約だと分かるや否や、ミードは揉み手にかわった。
うん、わかりやすいのは嫌いじゃないよ。
けっきょくリズのもまとめて面倒見ることにした。
二軒分の賃貸、初年度は俺払い。ミードにとっては悪くない話だろう。
これでいつぞやの埋め合わせにはなっただろうか?
なんで俺が他人の家賃を払うのだろうか、とも思うが、約束した以上はしかたがない。
そのうち、なにかの形で返してもらうとするか。
ちなみに賃料の請求は、商会あてにくることになっている。
さすがに内覧まで付き合ってられない。
次の年から自分で払うんだ。身の丈に合った場所を選ぶだろう。
……たぶん。
そんなこんなでパラライカを出たころには、深夜になっていた。
「ロッコ、つき合わせて悪かったな」
御者台にすわるロッコに話しかける。
俺たちはオプタールへトンボ帰りだ。
必要とはいえムダな時間を過ごしてしまった。
「いいえ、会長の過去が知れて少しだけ安心しました」
ロッコの返答に、それもそうかと納得する。
俺だって得体のしれないヤツに仕えるのはイヤだもんな。
たとえショーモナイ過去でも無いよりあったほうがいい。
「ロッコの生まれはパラライカなのか?」
「そうですね、生まれも育ちもパラライカです」
まあ、そうだろうなと思う。
生まれた土地を捨てる者はそう多くない。一つの街や村で生涯を終えるなどザラだ。
生活基盤がなしでやっていけるものなど、冒険者ぐらいなものか。
だが、それもギルドがあってこそだけどな。
よほど秀でたものがあればまた別だ。
恐ろしく頭が良いとか、絶世の美女だとか。
……。
「なあ、俺って生理的にムリな顔してる?」
ふと、ロッコにたずねてしまう。
ジェイクめ。最後にいいパンチ打ちやがって。
時間とともにジワジワ効いてきたわ。
「はは、あの人の言ったこと気にしてるんですか? 大丈夫ですよ。そんな顔ならこんなに多くの人がついてきませんて」
そう?
そう言ってもらえて安心したよ。
まあ、なにに嫌悪感を覚えるかは人それぞれだしな。気にしてもしかたがないことなのだろう。
ただ、なんとなくだが、ジェイクのあの言葉は心のどこかにとどめておいたほうがよい、そんな気がした。