百三十二話 変わったのか、変わってないのか
そうして、案内されたのはギルドの地下。すこし湿っぽい空気が漂う。
「こちらです」
ギルドマスターが示したのは鉄の扉だ。
ところどころサビており、重苦しい雰囲気をかもしだす。
ギイイ。
扉を開く。
なかにいたのは巨漢のヒゲ男。モッシャモッシャとバナナを食べている。
――ジェイクだ。
思った通り元気そう。
「お! リズじゃねえか。オメーも捕まったのか」
ジェイクはもうひと房とバナナに手を伸ばす。
完全に餌付けされているようだ。
「ジェイク……」
感動の再開……でもない。
リズがイラッとしたのが分かった。
自分は火あぶりになりそうになったのに! なんて思っているんだろう。
「べつに居心地は悪くねえぜ。一日二日の辛抱だって言うしな」
「……」
「なんでもエライ有力者が俺たちを探してるらしいじゃねえか。スコールが言っていたサモなんとかってやつだ。いい話らしいぜ、ギルドマスターが言うにはよ」
「……」
アホは健在のようだ。
ジェイクはリズの態度に気づくことなく、ひとりで話を進めている。
「ん? どうした? どこかケガしたのか? 顔色が悪いぞ」
――いや、顔色の変化に気づいた。少しは成長したようだ。
「バナナ食うか? コイツはそうとうウメェ。いままで食ってきた中でも格別だ」
そうでもなかった。話題はすぐにバナナへと流れる。
まあ、しかたがない。俺が新しく栽培に着手した品だからな。
専門家にお墨付きをもらえて嬉しいよ。
「では、お引渡しします」
ここで、相手にしてられないと思ったのか、ギルドマスターが背を向けた。
そんな彼に礼を言う。
「ああ、ありがとう」
すまんかったね。ゴリラの飼育なんかお願いして。
「あん? 引き渡し?」
だが、それにジェイクが反応した。こちらへ視線を向けると目を細めたのだ。
さて、気づくだろうか? 俺は顔が見えぬようにオシャレ帽子を深くかぶっている。
服も貴族ばりの高級品だ。パッと見で分からないハズ……。
「オメー、エムか?」
おお!
野生のカンか、ジェイクは一発で見破った。
やるじゃねえか。さすがダテに胸毛を生やしてないぜ。
「フッ、エムか。その名は捨てたよ。……半分だけ」
かっこよくキメようとしたところで、つけ足した。
あやうくエム・サモナイトと名乗ったことを忘れるところだったのだ。
「久しぶりだなジェイク。俺がサモナイトだ。オマエたち二人の身柄は俺があずからせてもらう」
クイっと帽子のツバをあげてセリフを決める。
うろたえるジェイクの顔がオモシロ……。
「オマエ!? オマエっつったか、このモヤシ野郎! 誰に口きいてんだ?」
え? 引っかかるところそこ?
疑問とかスッとばして、いきなり怒るのね。
ある意味うらやましいわ。
「もちろんキサマにだ。分らんか? あのときとは状況がまるで違うことを」
「なにいィ!」
いきり立つジェイク。リズを押しのけ、こちらに迫る。
相変わらずだなぁ。
どうすっかな? 叩きのめして力関係をはっきりさせてもいいんだけど。
ジェイクは単純だからな。数発殴ればたぶん理解する。
しかし……。
「あれ? 足が動かねえ。どうなってんだ一体!?」
とりあえずジェイクの動きを念動力でとめる。ここで殴っちゃうと話がこじれるからだ。
なぜなら、コイツの背後で腕組みする者がいるのだ。
シルフのフウリンだ。
なんと、すぐ飽きてどこかへ行くかと思っていたのに、彼女はいまだにジェイクと行動を共にしている。
まいったね。シルフは俺が苦しい時に助けてくれた精霊だ。
さほど積極的にではなかったが、それでも大いに助かった。
俺としては邪険に扱いたくない存在でもある。
う~ん。
「久しぶりだなフウリン」
「ぷぅ!」
とりあえず話しかけるもホッペと鼻を膨らますシルフ。
やっぱ怒っとるね。ジェイクをひっとらえたのがシャクにさわったらしい。
なんとかなだめなくてはならない。
ここは俺の腕のみせどころだろう。
「ジェイクのことを守ってくれたんだな、ありがとう」
「!?」
言い訳してもいけない。説得してもいけない。
ガキンチョはとにかく褒めて褒めて、褒めまくるのだ。
「信じてたよ。きっと無事に連れてきてくれるって」
「あ、う、うん」
「知っているだろうがパラライカの脅威は取り除いた。これでジェイクも冒険者として活躍できるだろう」
「ムッ!」
「もちろん、おまえもついていくんだろ? 風の精霊シルフの加護を得た冒険者だ。そりゃあもう大人気だろう」
「ふふふ」
「俺は不動産にも顔がきく。なんなら二人の新居も用意できるぞ」
「窓が多いところにしてね」
落ちた。チョロイな。
「もちろんだ。やわらかな日差しが差し込む窓に、おだやかな風が入ってくる。庭にあるシンボルツリーのたもと、テーブルにはティーセット。あまいハチミツのかおりが鼻をくすぐる」
「うん、うん」
シルフは目を閉じて、なにやら妄想に浸っている。
もう大丈夫だ。あとはジェイクだな。
――と思ってみれば、ジェイクの様子がなにやらおかしい。
ヒゲをさわって考え込んでいる。
「精霊……そうか、精霊召喚士。俺の身を守るために精霊を……」
こっちも落ちた!!