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百二十四話 別視点――女剣士リズ その六

 なんでこんなことに……

 荷台で息をひそめるリズはおのれの不運を呪っていた。


 兵士から逃げ、魔物から逃げ、命からがらやっとたどり着いた街で、今度は冒険者ギルドから追われるハメになるとは。


 なにをどこで間違ったのか。

 ふたたび冒険者を選んだのがいけなかったのか、それとも西を選んだのがいけなかったのか、それとも街を出ようと考えたのがいけなかったのか。

 ――いや、間違ってなどいない。あのまま街を出なければ飢えていた。

 西を選ばなければ魔物に食い殺されていたし、冒険者を選ぶのだって食べていくためだ。

 わたしは選択ミスなどなにひとつしていない。すべて最善を選んできた。


 だが、その結果がこれだ。

 荷台で縮こまることしかできない。ただ、見つからないように祈るだけ……。


 それからどれくらいの時が過ぎただろうか。

 グーと鳴る腹を必死で押さえつけていると、馬車がゆっくりと止まった。

 荷台にすわる男がグッと伸びをする。


「セラシア村についたけど、どうする? 降りる?」


 男がなにやら呟いた。

 なんだ? 誰としゃべっている?

 リズは息を止めた。


「この馬車はここで一泊したあと、オプタールの城下町に向かうんだ」


 もしかしてわたしに喋っているのか?

 いつだ? いつから気づいていた?

 リズはあせった。しかし、ここでノコノコと姿を見せる気にはなれない。


「これから荷を積みかえなきゃいけない。僕はその前にちょっと便所にいってくるよ。オプタールは大きな街だ。他人を詮索(せんさく)する人も少ない。もし、そこまでいくなら朝までに荷台のどこかに潜り込んでるといい」


 それだけ言うと男は姿を消した。言葉の通りトイレへいったのだろうか?

 どうする? 判断しきれない。

 男の言葉を信じていいのかリズにはまったく分からなかった。


 ――だが、このままここに隠れていられないことは確実だ。

 リズは意を決すると荷台からおりる。

 幸い、日は地平線へと沈みかかっており、その身を隠してくれた。



 すこし離れた草むらでリズは馬車を見ていた。

 たいまつ片手に数人の冒険者たちが荷を積みかえていく。

 その中には、ブロッコリー頭の男もいる。

 どうやら自分のことを誰かに言うつもりはなさそうだ。リズは、ほんの少しだけ安心した。


 やがて荷の積み替えも終わり、あたりには誰もいなくなる。

 残っているのは、ホーホーと鳴くミミズクと、ざわめく木の葉ぐらい。

 ヒューと風が吹く。季節は秋、夜は肌寒い。

 リズは地べたにひとり座り、両手で膝を抱える。

 遠くに明かりが見えた。たき火の炎かランタンの光。

 風に乗って笑い声が聞こえる。

 子供の声、親の声、一家団欒(いっかだんらん)だろうか。


「うっ、ううぅ」


 リズはあふれ出る嗚咽(おえつ)をこらえることが出来なかった。




 翌朝、リズは日がのぼるより先に荷台へと潜り込んだ。

 このままここにいるよりマシだと思ったからだ。

 小さな村でよそ者は目立つ。身を隠すなら大きな街のほうがいい。

 男の言葉が本当かはわからない。だが、もしウソならどっちみち自分は終わり。


 やがて男がふたり現れた。ひとりは御者台に座り、もうひとりは荷台に腰かける。

 昨日とおんなじヤツだ。荷台に腰かけるのはブロッコリー頭の男。


 馬車がゆっくりと動き出した。

 村の簡素な門をぬけ、北へ北へと進んでいく。

 荷台を覆うホロのすきまから外の景色が見える。遠く広がる水面(みなも)があった。

 海? いや湖か。


「これ、食べなよ」


 ブロッコリー頭の男が、背を向けたまま床になにかを置いた。

 見れば革の水筒と、大きな草の葉に包まれたかたまりだった。

 

 リズはもう観念していた。ジタバタしてもどうにもならないって。

 荷の隙間からつつみに手を伸ばす。中を開くと、にぎり飯が三つ入っていた。

 彼のおべんとうだろうか。それとも余分に作ってくれたのか。

 一口かじる。おいしい。

 すきっ腹と心にしみた。


 コトリ。

 木の器が置かれた。中身はなにも入っていない、ただのカラのうつわだ。

 ……これで用を足せということなのだろう。


 ズズッ。鼻水をすする。

 ミジメだ。すっごくミジメだ。

 リズはこのまま消えてしまいたかった。



 しばらくしてリズはトイレに行きたくなった。

 さすがに木の器でする気にはなれない。リズは思い切って話しかけることにした。


「トイレに行きたい」


 男は静かにうなずくと声を張り上げる。


「便所だ。ちと止めてくれい!」


 すぐに馬車は停止した。男は降りて草むらへと入っていく。

 リズも荷台から降りると、男とは少し離れた草むらへ行き、用を足した。


 馬車はちゃんと待ってくれていた。

 リズが荷台に乗ると、ゆっくりと発進する。

 もう隠れたってしかたがない。こちらを極力見ようとしない男にリズは話しかけた。


「ありがとう。わたしはリズ。あなたは?」

「……ロッコ」


 少し驚いたような、それでいて気まずそうな返事がくる。


「なんで助けたの?」

「……困っていそうだったから」


 困っていたから助ける。いっけん当たり前のようだが、じつは難しい。

 まして相手は冒険者ギルドだ。モメてまで助けようと思うだろうか。


「わたし冒険者ギルドに追われているの。だからその……」


 リズは言いよどんでしまった。

 正直に言った。でもそれで拒絶されるのが怖かったのだ。


「助けてほしくないの?」

「助けてほしい。でも……」


 助けてほしいに決まってる。しかし、途中で裏切られるのが一番イヤだった。


「僕はサモナイト商会の者だ。冒険者ギルドがどう言おうと関係ない。商会長がどう思うかってだけ。……たぶん商会長なら助けろって言うと思う」


 びっくりした。スコールが話していたサモナイトの名前がでてきたのだ。しかも、このロッコという男がそれに属してるという。

 サモナイト商会とはそれほど大きな組織なのだろうか。冒険者ギルドを敵にまわしてもなんとも思わないほどの。

 リズは興味がでた。サモナイトという人物に。

 一介の商人がそれだけの力を持つ。いったいぜんたいどんな人なのだろうかと。


 それからいろいろロッコと話した。

 冒険者だった彼が商会に入ったいきさつや、彼の知る商会長のエピソード。

 そして、自分がなぜここに来て、なぜか意味も分らぬままギルドに追われるようになったことなど。


「そうなんだ……。やっぱり助けてよかったよ。商会長ってね、自分のことをほとんど話さないんだ。でも、酔って一度だけこぼしたことがある。自分は国を追い出されたんだって」


 追い出された……。

 リズは自分の境遇と重ね合わせた。

 自分と同じ、いや、もっと困難な状況からここまで巻き返したのか。

 きっと想像できないほどの苦難があったに違いない。それを乗り越えて商会長へとのぼりつめたのだ。


「ね、その商会長のことをもっと教えて」


 リズの言葉にロッコは微妙な表情をうかべる。

 ちょっとがっかりしたようななんとも言えない表情だ。


「う~ん、そうだなあ……あ! たとえばこの交易路」


 そう言ってロッコは馬車の下を指さした。


「パラライカからセラシア村、そしてオプタールの城下町にいたるまで交易路を整備したのは商会長なんだ」

「え!」


 リズは荷台から頭を出し、南北に続く長い道を見る。

 すごい。真っすぐだ。ふつう道など、木や岩を避けて曲がりくねっている。

 だが、この道は驚くほど直線なのだ。

 しかも、おうとつがない。雨風(ふうう)にさらされデコボコ道になるのが当たり前なのに。


 そういえば馬車が全然揺れていないことにも気づいた。まるで氷の上をすべっているかのようだ。

 いったいどれほどの人と金をかければこのような道ができるのだろう。


「すごく時間がかかったんでしょうね」


 リズは噛みしめるように言った。

 しかし、返ってきたのは意外な答え。


「いや、なんか気がついたら出来てたみたい」

「え?」


「魔法でパパっと作ったらしいよ」

「魔法で……」


 そんなことが可能なのか。

 精霊がいなくなって魔法使いは力の大半を失った。だがサモナイトなる人物はこのような道を作り上げたのだ。

 ――いや、それよりもっと前の話か。精霊たちがまだたくさんいたころの。

 しかし、それでもすごいことに変わりはない。


「聞いた話なんだけどね。なんでも商会長は元宮廷魔導士だったらしい」

「宮廷魔導士!」


 宮廷魔導士は国のお抱え魔法使いだ。それも小国じゃない。多くの国をたばねる皇帝直属の魔法使いたち。

 まさに魔法使いの頂点に立つ者たちなのだ。


 もしかしたら、彼は魔導士長だったのかも!?

 ――そうか、彼は悪政を強いようとした皇帝を(いさ)めようとして追放されたのか。

 悪政自体はなんとか阻止したものの、自身は国を追われこの地に流れ着いた。

 そして、商売を始め今の地位に……。

 リズの頭の中でサモナイトの人物像が、かたち作られていく。


「他には?」


 さらにたずねる。

 もっと知りたい。彼のことをもっともっと。


「他って……え~っと、じゃあこの道の脇に立っている像」

「像?」


 リズが走る馬車から道をながめていると、ポツンと立つ石像が見えた。

 それは等身大でマントをはおる人の像だ。ただ、顔が削り取られていて年齢はおろか男か女かさえわからない。


「あれは商会長の像なんだ」

「商会長の!?」


 けっこう意外だった。像は顕示欲のあらわれ。

 リズのイメージする彼とは少しずれていた。


「これから先に行くほどに増えていくんだけどね。オプタールの領主が作らせたんだ」

「オプタールの!?」


 オプタールの城下町。この馬車の目的地だ。


「でも商会長はイヤがってね。すぐ壊せって怒ったらしいんだ」

「へえ~」


 リズはそうだろうなと思った。自分のイメージだと像とか嫌がる感じに思えたから。


「でも、住民の後押しもあってね。ほら、あそこの街って商会長のこと神様みたいにあがめているから」


 神様……。

 ずいぶん大げさだなとリズは思った。

 だが、それだけみなに好かれているということなのだろう。

 なんと素敵な人なのだろうか。


「けっきょく顔を削り取ることで話はまとまったみたい。せっかく作ったし壊すより別の利用方法を考えようって」


 リズはまたまたビックリした。てっきり領主に押し負けるか、壊すように命令するかで終わると思っていたのに! まさかだれも傷つかないように別の方法を考えようとするなんて……。


「顔を削り取ってもムダなんだけどね。みんなアレが商会長の像だって知っているから」


 リズはもうロッコの話など聞いていなかった。


「ねえ、ロッコ! わたしサモナイト商会で働きたい!!」

「ええ!!」


 商会で働けば彼と出会えるかもしれない。

 それだけじゃない。そんなに力があるなら冒険者ギルドも手出しできないだろうし、そしてなによりジェイクのこともある。うまく働きかけてくれれば彼を解放できるかもしれない。


「それは僕の一存では……」

「お願い! 口をきいてくれるだけでいいの。なんでもするから!!」


「いや、しかし……」


 荷馬車はコトコト、リズとロッコを乗せていくのであった。




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