百二十三話 別視点――女剣士リズ その五
ギルドの支配人……ギルドマスターだ。
その白髪まじりの男はこう話を続けた。
「最近、魔物の動きで気になることがあってね。情報を集めているんだ」
魔物の動き? リズはおのれの住む地方で急速に魔物が増えたことを思い浮かべた。
スタートスの街、ならびにその周辺で出没した見慣れぬ魔物たち。
それを調べてる?
ならば大丈夫かとリズは緊張をゆるめかける。
「よかったら君たちがどこから来たか教えてくれないかね?」
そう問われて、リズはスタートスと答えようとした。
だが、思いとどまった。
やっぱりなにか変だ。
情報を集めるならギルドマスターがわざわざ来なくていい。
受付嬢で十分なのだ。
それに、レオラと言ったか。あの受付嬢はウソをついた。
書類を持ってくるよう頼んだスタッフをラングと呼んでいた。
しかし、来たのはそのラングと名乗るギルドマスター。
おそらくあれは合言葉で、ギルドマスターに知らせよとの意味なんだろう。
それに受付嬢の態度がおかしくなったのは自分たちの名前を聞いてからだ。
魔物がどうとかは関係ない。
やはりターゲットは我らふたりなのだ。
ジェイクもおかしいと思っているようで、口をつぐんでいる。
「もしや、君たちはスタートスの街からきたのではないかね?」
「だったらどうだってんだ?」
ジェイクがたまらず言い返した。
リズはマズイ! と思った。
「否定しないか……。すまないが別室でくわしく話を聞かせてもらうよ」
ギルドマスターがそう言った瞬間、ジェイクはさけぶ。
「走れ!」
リズは出口に向かって走り出す。
だが、前方にいるのは食事をとっていたはずの冒険者たち。
逃げ道を完全にふさがれた。
「ぐうっ!」
ジェイクがうめき声をあげた。見れば転倒し、ギルドマスターにのしかかられている。
「ジェイ――」
「止まるな!!」
そのとき突風が吹いた。
それは出口を固める冒険者を吹き飛ばすと、リズの横を抜け、ギルドマスターへと襲いかかる。
「グッ、目が」
それでもギルドマスターはビクともしない。だが、目に砂ぼこりが入ったのだろう動きを止めていた。
そこへジェイクがコブシをたたきこむ。
「行け!!」
ふたたびジェイクが叫ぶ。
リズは唇を噛みしめると、冒険者ギルドから飛び出した。
「絶対に逃がすな!!」
背後で追う声が聞こえる。
リズは懸命に、路地裏へと駆けていった。
――――――
「まだ遠くには逃げていないはずだ。探せ!」
リズはどう逃げたか覚えていない。
だが、自分を追う者の数が加速度的に増えていることはわかった。
いったいどうしたというのだろうか。
リズは自分の置かれた状況が理解できなかった。
ただ、街全体が自分をとらえようと牙をむいたように思えた。
「むこうにはいない。こっちより西をしらみつぶしに探っていこう」
隠れた廃材の隙間から見える追手は、冒険者だけでなく衛兵やただの街人といった姿もある。
もうだめだ。逃げ切るのは不可能だ。
リズがそう諦めかけたとき、一台の馬車が目に入った。
「お~い。はやく積まねえと間に合わねえぞ」
どうやら行商にむかう荷馬車のようで、今にも出発しようとしている。
――あれに乗りこめば助かるかも!?
リズの心に一筋の光がさした。
「せかすなよ。タマゴが割れちゃったらどうすんだよ」
荷物はあらかた積み終えたようで、商人が御者台へと向かう後ろ姿がみえる。
残った荷を運ぶ者は、木箱を幾重にも積みあげ、前がほとんど見えないような状態だった。
今なら!!
リズは音を立てぬよう走ると、素早く荷台へと体を滑り込ます。
隠れられるところは!?
積み荷の奥に身体一つ分ぐらいの隙間を見つけた。リズはそこへ体をムリヤリねじこむ。
間一髪だ。積み上げられた木箱が、荷台へと乗せられた。
「もういいぞ~」
男が荷台のわずかな隙間に腰を落とすと、馬車はゆっくりと動き出すのだった。
助かった……ドンくさそうなヤツでよかったよ。
リズは安堵の息をつく。
積み荷の隙間からのぞく男の姿は、冒険者のようでもあり、商人のようでもあり、コックのようでもあった。
ただ、ブロッコリーのようなモジャモジャした髪の毛が、やけに印象に残った。