百二十二話 別視点――女剣士リズ その四
街は活気に満ちていた。
門から続く大通りの脇にはさまざまな店が軒を連ね、買い物客でごったがえす。
店頭に並ぶのは真新しい商品だ。しかし、それは手に取る客でまたたくまに消えていく。
店のものは慌ただしく商品を追加し、それもまたすぐに消える。
香ばしい匂いが漂ってきた。屋台の串焼きだ。
垂れた肉の脂のジュウと焼ける音が、見るものを誘う。
いつしかリズたちの乗る馬車は停止していた。
みなフラフラと引き寄せられるように馬車から降りる。
ここのところロクなものを口にしていないのだ。
比較的マシな旅だったといえ、手持ちの食料などとうに尽きている。
野草や木の実で飢えをしのぐ日々。
「この街は初めてかい?」
そんなリズたちに語りかけてくる者がいる。
見れば衛兵のようで、青を基調とした服を身につけ、手には装飾のほどこされたヤリを持っている。
リズたちは一瞬身構える。だが、衛兵の物腰はやわらかかった。
「君たちは商人とその護衛だね。長旅おつかれさま。この大通りを真っ直ぐ進んで三つ目の脇道を右に入れば商人ギルドがある。まずはそこに行くといい。近くには馬車をとめられる宿屋がいくつかある。もちろん冒険者ギルドもね」
それだけ言うと衛兵は持ち場へと戻った。
リズたちはみな、ホッと息をつく。
「よそ者に対する警戒はないみたいだ」
「ああ、治安がいいんだろうな。それにずいぶんと賑わってる」
「魔物がいないのだろうか?」
「いや、冒険者ギルドがあるなら魔物はいるはず」
みなそれぞれ思い思いに話す。
リズはというと、ふと建物に目を向けた。店舗に民家、屋台に聖堂、どれもそれなりに年季が入っていた。
どうやら街そのものが新しいわけではなさそうだ。
城壁や兵の詰所といった軍事施設だけを作り替えた印象だ。
「まあ、言われた通り商人ギルドへ向かうとするか」
スコールの言葉にしたがい馬車は大通りをすすむ。
護衛と冒険者が周囲を固める。リズももちろんその中だ。グルルと鳴るお腹を押さえて。
――――――
「新しい門出に!」
宿屋にて杯を打ち鳴らす。
商人ギルドの登録は無事すんだ。
スコールは心機一転ここから再スタートを切るという。
これまで築いた販路や仲間など失ったものは多くとも、それ以上の商機をこの地に見いだしたようだ。
「リズ、おめえはどうする?」
ジェイクが赤ら顔で問うてくる。
久しぶりの酒だ。リズもジェイクに負けずけっこう飲んでいる。
「わたしは冒険者を続けるよ。これしか知らないからね」
「だよな。俺もそうだ」
仕切り直しだ。また冒険者として再スタートを切る。
土地勘もなければ横のつながりもない。最初は苦労するだろうが、じき慣れるだろう。
幸い蓄えもある。焦らず慌てず、一歩一歩進んでいけばいい。
それにジェイクもいる。いまの彼とならもっと上を目指せそうな気がする。
「だったら護衛をやらないか? 商隊との専属契約。俺だって知っているやつの方がありがたい」
スコールの提案だ。
リズにとってはいい話だ。安定した収入が得られる。
「いいねえ」
「ぜひお願いするよ」
ジェイクもリズもすぐさま乗った。
いい風が吹いている。リズは自分の背中を押す風を確実に感じていた。
「とはいっても、いますぐにってわけにはいかないけどな。仕入れの確保や売れ筋商品の見定め、交易ルートの吟味などやらなきゃいけないことがたくさんある」
それはリズも心得ていた。
商隊が自分の面倒をずっとみてくれるわけない。そんなムシのいい話はない。
スコールとはあくまでも冒険者として、専属契約を結ぶことになるだろう。
運ぶ荷があるときは彼についていく。ないときは冒険者として依頼をこなす。そんな形だ。
そのほうがリズとしてもいい。
スコールの商売がうまくいくとは限らない。彼がポシャれば自分もポシャるのだ。
そこまで全てをあずける気にはなれない。冒険者ギルドを通して依頼を受け、冒険者としてのキャリアをつんだほうがいい。
「いずれにせよギルドにはいかねえとな」
明日にでも冒険者ギルドに向かおうか。そんな話をジェイクとしながらその日は過ぎていった。
翌日、冒険者ギルドへと向かう。
すでに太陽は真上を過ぎていた。
寝すぎたのだ。飲酒と疲労が重なって、気づけばこんな時間になっていた。
「まあ、昼間のほうがすいてっからいい」
ジェイクの言葉にリズは、それもそうかと納得する。
リズがこれまで得た情報では、このあたりをパラライカ地方と呼ぶそうだ。
いまいる街はその中心部にあたり、名前はそのままパラライカ。
グロブス・ハンフリー領主が治める街だ。
一介の冒険者であるリズには、よほどのことがない限り貴族と関わることはない。
名前さえ覚えておけばよさそうだと、リズは記憶のすみにとどめておいた。
そして他には、有力者の名をひとつ耳にした。
サモナイトなる人物で、地元の交易を取り仕切っているらしい。
商隊の護衛を予定しているリズにとっては、こちらのほうが関わる可能性がある。
スコールいわく、「領主より影響力があるらしいからしっかり覚えておいたほうがいいぞ」とのこと。
リズはしっかりと頭に叩き込んでおいた。
冒険者ギルドの場所はすぐわかった。
衛兵の言うように、宿の近くにあったのだ。
正面玄関は依頼を受け付ける窓口だ。冒険者の登録予定であるリズたちは裏口へまわる。
裏口といっても、間口は広い。多くの者が出入りするからだろう。
リズはさびれてなくてよかったと安心した。
扉を開いて中へと入る。
右奥は酒場になっており、数名の冒険者らしき姿がある。どうやら食事をとっているようだ。
酒を飲んでいないことから、これから依頼を受けるのかと推測する。
その身なりから、景気はわるくなさそうだとも判断できた。
「あー、冒険者の登録をしたいんだが」
受付カウンターでジェイクが言う。
向こうに座るのは金色の髪の女性だ。歳はまだ若い。十代中頃か十代後半。
ショートカットで耳にアクセサリーをつけている。
白いえりつきシャツにうすい化粧、みてくれは悪くない。
「当ギルドを選んでいただきありがとうございます。わたくし、レオラが担当させていただきます」
やけに丁寧な対応だ。ギルドの質の高さがうかがえる。
「経験はおありでしょうか? 証書の紛失でしたら再発行できます。それとも、まったくのご新規でしょうか?」
受付嬢はこちらの姿を見て経験者であると踏んだようだ。
登録ではなく紛失を先に確認してきた。
若いのにずいぶんしっかりしている。
「いや、長らく冒険者をつとめてきた。ただ、ずいぶん遠くから来てな。この国ことがよくわからねぇ。国が変わっても経験は考慮してくれるのかい?」
「そうなのですか……。申し訳ありません。国が変わるとなると記録を取り寄せることも出来ませんもので、一番下の等級から初めていただくことになりますが……」
ジェイクはリズの方を振り向くと、どうする? と目で訴えてきた。
リズはうなずきで返した。どうせそんなものだろうと思っていたので、べつに抵抗はない。
「ああ、構わねえ。それで手続きをたのむ」
ジェイクがそう言うと、受付嬢はなにやら紙をとりだした。
そして、日付やらなにやら記載し始める。
「そちらの女性も一緒に登録されますか?」
「ああ、もちろんだ」
受付嬢はもう一枚の紙にもペンを走らせる。
「ではまず、お名前をお伺いします」
「ジェイクだ」
「リズよ」
ここで受付嬢の動きがピタリと止まった。
なにやら驚くような、考えるような仕草をみせる。
「どうした?」
「あ、いえ、ごめんなさい。わたし書く書類を間違えてしまったみたい」
ジェイクの問いに受付嬢はそう答えると、少し離れた位置にいる別のスタッフに声をかけた。
「ラングさん、Sの書類を持ってきてもらっていい?」
呼びかけられたスタッフはハッとした表情を浮かべると、部屋の奥へと走っていく。
え? なに?
リズは奇妙な不安感を覚えた。
ジェイクも不審に思ったようで、怪訝な顔をしている。
「ごめんなさい。少々お待ちくださいね」
受付嬢はそう言うと、また別の紙をとりだした。
「この間に等級について説明させていただきますね。この紙に書かれているように冒険者は五つの等級にわかれていまして、鉄から始まって次に銅……」
受付嬢のことばなど耳に入らない。
リズは素早く周囲を確認する。やはりおかしい。ギルドの他の受付もどこか様子が変だ。
酒場のほうにも目をむける。
先程まで食事をとっていた連中が全員こちらを見ていた。
「リズ、逃げる準備をしとけ」
ジェイクが振り返ってそう言った。
それは聞き取れぬほど小さな声なれど、口の動きでそう言っているのがハッキリわかった。
そのとき、ギルドの奥の扉が開いて男が現れた。
年の頃は五十代前半か、肌が浅黒く、後ろでまとめた髪には白髪が混じっている。
「やあ、どうも。わたしはラング。当ギルドの支配人をつとめさせて頂いている」
男はリズたちに向かってそう言うと、レオラとかいう受付嬢と場所をかわる。
「二、三たずねたいことがあるんだが、いいかね?」